第17回 第三のクロスオーバ
アルビン・トフラーが,エレクトロニクスや情報通信の発達によって可能になる新しい社会構造のイメージを「第三の波」として描いてから随分と経った.そして,今では情報通信技術(=IT)も国政レベルのキーワードになり,総理大臣といえどもTCP/IPくらいは語れなければならないという時代になってきている.
首相がITについてどれだけ理解しているかについては疑問符がつくかもしれないが,IT戦略は国の命運をも左右する重要な分野としての認知を受けたと見てよいだろう.
とはいえ,新聞を見ているとまるで沖縄サミットでITが突然取り上げられたような印象を受けるが,ここに至るまでにはいくつかの段階を経ているのだと思う.もちろん,ITはまだまだ発展途上であって,これからもっと大きな変化が控えているはずである.今回はそんな分析をしてみたい.
第一のクロスオーバ
数年前に,日米間の通信回線の用途別帯域使用量においてインターネットの利用が音声系の利用を超えたというニュースが流れた.実際にどのようにインターネット使われているかはともかくとして,国際間の情報通信では音声よりも電子メールやディジタルデータに特化したインターネットのほうに需要があるという市場の判断が下されたわけである.
その後も,インターネットは着実に増加し,今では特定のプロバイダが持つ国際回線の容量がGビット級になっている.そこで,音声通信回線とインターネット向け回線の帯域が逆転した日を,第一のクロスオーバと定義する.
第二のクロスオーバ
また,今年に入って携帯電話の契約数が一般加入電話の契約数を超えたという報道があった.すなわち,携帯電話が普通に使われるようになってからまだ10年ぐらいしか経っていないというのに,それが100年近い歴史のある電話サービスを超えるまでに普及してしまったのである.
たんに,携帯電話の契約数が増加しているということだけでなく,一般加入電話が減少に転じたということに大きな意味があると思う.携帯電話と一般加入電話の契約数が逆転した日を,第二のクロスオーバと定義する.
日本では,このクロスオーバは携帯ディジタル端末の普及という点において重要な意味がある.6千万台もある携帯電話の大部分に電子メールの機能が入っているし,さらに1千万台はiモードやEZwebが搭載されている.インターネットの普及率では発展途上国並みといわれる日本だが,携帯電話ベースの情報化に関しては米国の一歩先を行っているように思う.
第三のクロスオーバは何か
第一のクロスオーバも第二のクロスオーバも,電話という既存媒体の存在を前提にして新しい媒体であるインターネットやディジタル携帯電話が従来の電話を上回ったということである.ということは,IT革命は電話というメディアがなくなることはないという前提で,次から次へと新しい媒体を作っていくのだろうか.
最近になって,ISDNの定額サービスやDSLによる高速ネットワークサービスが開始されたが,こういったサービスは先に電話サービスがあってその上の追加サービスとなっている.電話があって,ISDNがあって,さらにDSLがあるというのである.
電話の音声ストリームが必要とする帯域は高々10kbpsであり,Mbps級のDSLサービスでは1%程度しか必要がないのである.いっそのこと,DSLだけのサービスにして,インターネット上のアプリケーションとしてIP電話にするとすっきりするのにと思ってしまう.
そもそも,電話の本質は何なのだろうか? 音声によるコミュニケーションだというのなら,携帯電話で足りるはずである.意外と意識されないのだが,電話番号という世帯IDが本質なのではないだろうか.今でも,履歴書や名刺には一般加入電話の番号を書くことが常識になっていて,それが携帯電話では怪しいと思われてしまう.だとすれば,世帯IDの機能を継承したIP電話システムができれば,情報通信インフラは相当にシンプルなものにできるはずである.
DSLでもCATVでも,さらには無線でもかまわないが,IPベースの接続を家に引き,その上のアプリケーションとして,現在の電話番号システムと互換の電話サービスを提供する.そうなれば,現在の電話システムと互換性を保ってインフラを高速インターネットに移行できるはずである.
日本の電話料金が高いから,インターネットの普及が遅れるという話をずーっと聞かされ続けてきたように思うが,電話の上にインターネットがあるというのは時代錯誤な話なのである.既存の電話サービスの料金はこのままでよいから,インターネットインフラの上に電話サービスが乗って,それも普通の電話と同じ番号体系で違和感なく使えるようになればよい.それで高速ネットワークが地道に浸透することになる.
そう考えていて,私流の第三のクロスオーバの定義を思いついた.一般家庭のアクセス線のベースプロトコルが,IPあるいはそれに準ずる汎用プロトコルである割合が,既存電話を上回る日である.実際に,そんな日がくるのだろうか.私は案外近いのではないかと思っている.とりあえず,2006年と予想しておこう.
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