第18回
ナップスターはブロードバンドの夢を見るか

 2000年の夏に,アメリカのインターネット界で話題になったのがナップスター(http://www.napster.com/)の是非だった.ナップスターは,著作権無視の音楽流通が主たる用途になっているため,コンテンツ業界からはその存在自体が問題にされている.著作権保護という視点から見る限り,このモデルに明日はないようである.

 しかし,著作権問題と技術的問題は違う性格をもっているので,今回はナップスターの仕組みはひょっとすると次世代のブロードバンドネットワークの重要な技術になるかもしれないというストーリーを展開してみたいと思う.

ナップスターはなぜ問題か

 ナップスターが提供するのは,ファイルの交換サービスである.したがって,問題となっているMP3の音楽データ配布は,その上で行われているアプリケーションの一つにすぎない.

 著作権無視の音楽データの配布は明らかに問題なのだが,ナップスターの仕組みはそのためだけにあるのではない.ナップスターができることはftpやhttpと似ているが,音楽データの無許可配布をWWWでやろうという人はそうたくさんはいない.WWWでは,そのコンテンツを置いてあるサーバの所有者が明確なので,著作権侵害を行った人格を容易に特定できる.したがって,訴訟を起こすことができるからである.

 それでは,なぜナップスターでは無許可配布が容易に行われてしまうのだろうか.その秘密は,ナップスターはコンテンツの所在情報を提供するだけだということにある.すなわち,無許可コピーはナップスター社のサーバにあるのではなく,利用者一人一人のパソコンに分散配置されている.WWWがサーバ/クライアントモデルであるのに対し,ナップスターはクライアント間の対等な通信モデル(Peer to Peer)の上に成り立っている.その仕組み上,万単位の個人所有のPCが全員で著作権侵害をしていることになるのである.

 これでは著作権の所有者が侵害を訴えたくても,相手が多すぎて訴訟費用で破綻してしまう.そこで,こういう形の著作物流通の仕組みを提供しているナップスター社に責任があるというのが大方の見方である.

ブロードバンドというインターネットの近未来イメージ

 ナップスターの話はそのくらいにして,ブロードバンドネットワークに話題を移そう.ブロードバンドネットワークはMbps級のアクセス線を用いる高速ネットワーク体系であり,動画のサービスが可能になると期待されている.技術的にもDSLやCATVインターネットなどがMbps級のサービスを開始しているし,東京-大阪間の光ファイバ幹線の物理的な容量はすでに100Tbps級になっているという.

 100Tbpsあれば,同時に2000万人が使っても一人あたり5Mbpsということになり,アクセス線がブロードバンド化しても幹線はそれに耐えられることになる.その上で展開されるコンテンツもテレビ番組や映画があると考えると,実現イメージは想像できるのだが,はたしてブロードバンドネットワークはそんなに簡単に実現できることなのだろうか.

ブロードバンドに必要な莫大なサーバの供給能力

 帯域が広がることで,情報供給側にはそれに見合ったサーバ能力が求められることになるのだが,ことはそんなに簡単に済む話ではない.確かに,これからはサーバもより高速かつ大容量になるだろう.しかし,ハードディスクやメモリの速度が急速に上がるという技術予測は考えられていない.今でもサーバの能力は限界に達していて,AKAMAI社やINKTOMI社が提供する負荷分散技術が注目されているのである.

 さらに帯域が100倍に広がるなら,単純に100倍のサーバ能力を現在よりも低コストで実現しなければならないことになる.これに対する技術的な解決策はあるとしても,経済的に見合う解決策が早晩現れてくるとは思えない.

ナップスターは究極の負荷分散モデル

 そこで,ナップスター社のPeer to Peerモデルは,サーバへのアクセス集中を作らないという目的でも利用できそうだということに注目してみたい.家庭用インターネットがフルタイム化されると,各家庭にサーバを分散させて情報提供企業と契約することにより,空いている帯域を送出目的で使うことも可能になる.

 蓄積型コンテンツに限られるが,このモデルはブロードバンド時代に求められる情報供給能力を作る経済的な解決策として十分な可能性がある.たとえば,家庭でコンテンツをダウンロードすると,その後の1時間は,そのコンテンツをそのPCがサーバとして他の家庭に提供するという仕組みを作るというモデルも考えられる.

 これならクライアント数が増えるとそれ以上に情報供給能力が増えることになり,自然にサーバ問題が解決できることになる.とはいえ,ナップスターがそうであったように,著作物のコピーが無限に作られるという問題はやはりある.その仕組みが解決できれば,案外使えるということになるのではないだろうか.

 暗号化などにより,コンテンツを購入した者だけがその中身を開くことができるという仕組みを入れるなどをすれば,権利の保護も実現できるように思う.

 ナップスターのサービスモデルは,フルタイムブロードバンド時代の情報供給を可能にする究極の仕組みになるかもしれない.

山本 強・北海道大学



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電脳事情にし・ひがし
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第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
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フリーソフトウェア徹底活用講座
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第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
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第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
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