第26回

〜対談編〜


さまざまなベンチャー企業でベンチャーキャピタル(Venture Capital:以下VCと略)注1は,駆け出しの企業を資金や人脈でサポートしており,シリコンバレーで有名になった会社には必ずといってよいほどVCが裏舞台で活躍したという話があります.日本であまり日常的でない業種だと思います.水口さんとは,お仕事でさまざまな起業の専門的な話をいつもするわけですが,今日は日本の現場エンジニアに,VCやシリコンバレーの活動についてわかりやすく話をしてもらえればと考えています.まず,シリコンバレーに来られた背景から話していただけますか?
はい,もう5年ほど前の話ですが,当時私の勤めていたVCは,シリコンバレーでオフィスをもっていました.この会社はバブルの頃にシリコンバレーのオフィスを開設しましたが,さらに事業を強化するために出向することになりました.それまでは,私は日本国内に限定した投資の仕事をしていました.
日本のVCとしてはシリコンバレーで古い存在ですね.VCという仕事はどんな経緯で選んだ職だったのですか?
大学を卒業してすぐ就職した会社であまりうまくいかなくて転職先を探していたわけです.そこでたまたまめぐり合った新聞記事があったんです.リクルート用に書かれた記事なんですが,自動車メーカーのフォードが立ち上がるとき,VC的に資金が集まりいろいろな人からお金を集めて応援したという裏舞台の話でした.この記事に非常に感銘を受けたのですが,じつは記事の執筆者が私の転職した先のVCの採用担当者だったのです.もちろん当時は,VCがどういう仕事かさえまったく理解していませんでした(笑).

注1:ベンチャーキャピタルについて,詳しくはInterface誌98年1月号,2月号,11月号の本記事を参照.

今回のゲストのプロフィール

水口 啓みなくち・あきら

1961年生まれ.ベンチャーキャピタリスト.日本国内外で10年以上にわたって多数のベンチャー投資の実績があり,現在某日系VCの米国事務所長.シリコンバレーを中心に北米西海岸全域で先端技術をもつハイテク・医療機器のベンチャーを発掘・投資している.


10年以上前の話だとすると,社会的に日本でVCが何かはまったく知られていなかった頃ですね.

そうなんです. だから『ダイヤモンド』誌とか『東洋経済』誌のランキングからすると「その他金融」扱いの業種なのです(笑)!親もビックリするし,転職に猛反対でした.?

お知り合いやご両親のイメージが,乗っ取り屋とか中小企業につけこんで株を取るとか….

そうそう!しかし,それなりの理由があって,当時の日本のVCは,サポートする企業がアメリカと相当違っていました.多くは中堅企業に事業証券の提案をして,コンサルティング料を株でもらっていたという事実があります.アメリカでいうVCの役割とは,本当に小さな会社で設立者とともに汗を流し,リスクを背負いながらする活動ですが,日本のVCの実際はそれには程遠い活動でした.

結果が出るまでに時間は相当かかるし,実績がまだ日本で少ないので認知されていないわけですね. 私の十数年前のVCのイメージはおかしくて,「社長やCEOより偉い人達」でしたね.“VCが会社に来る日=役員会”で,社長や副社長達がソワソワするんです. 役員会の日に数人,口数の少ない初老の紳士達が来て,いつも偉そうにしている社長がペコペコするのです.下っ端の社員達にはただニコニコするだけ….オマケにMenlo Park注2の奥のフリーウェイ280が走る奇麗な丘の近くにオフィスを構えている.Menlo Parkはほとんど行かないし,お山のてっぺんに住んでいる仙人様みたいな感じでしたね(笑)….

う〜ん,仙人様とは面白いですね! でも,「VCと付き合って良かった」と言ってくれる設立者がいると本当に嬉しいですね.自分がサポートしたある日本企業で,一店舗から始め今では日本全国に展開して売り上げ数百億円に育った会社がありますが,そういうのを見ていると達成感があります.


注2:スタンフォード大学の北側にある小さな町.高級住宅街が多いが老舗ベンチャーキャピタルがフリーウェイ280に通じるSand Hill Roadに集まっている.

シリコンバレーエンジニアは,
ビジネスマンが基本?!


さて,シリコンバレーに来られてからエンジニアが中心の会社に多く投資をされているわけですが,エンジニア達の印象などについてお話ください.

まず気付くのが,こちらのエンジニア達は明るく,欲があるということですね.向上心が強く豊かになろうとする姿勢がはっきりしています.日本の技術者は,「職人」がベースだからでしょうか? 技術だけに集中しているというイメージが強くあります.

基本的にこちらのエンジニアの意識が「ビジネスマン」なんでしょうか.技術で何かを興そうとして,技術が生活の道具であるという形がはっきりしています.
私が会うエンジニアは,起業家か起業を目指している人がほとんどなのですが,タイプが非常に似ています.日米の差は,「職人」と「ビジネスマン」の差でしょうか?皆さん営業マンとまちがえるぐらいプレゼンテーションがうまいし,すごくアグレッシブですね.
エンジニア達は,アイデアや実現を可能にする技術をもっているわけですが,まとまった資金や人脈がたりない.一方,VCは資金,人脈,起業経験などをもっており,それぞれのニーズとゴールが一致してエンジニアとVCがうまくかみ合っていますね.そういう意味では,シリコンバレーのエンジニアは自分一人で何ができて,自分一人で何ができないかもしっかり見ているといえるかもしれません.日本でベンチャー企業というと,一般にワンマン的に作り上げたというイメージがありますが,シリコンバレーでは,たいてい数人のグループで立ち上げていますね.

まそういう意味で,日本には短期間に成功したエンジニアのロールモデル(Role Model)とかサクセスストーリーがまだまだ少ないのが残念ですね.

ロールモデルというと,日本にはソニー,ホンダ,松下などがありますが….
そういう大型のサクセスでなくてもよいと思います.とにかく,日常的にエンジニアリングでサクセスした人達がいるという事実がたいせつで,そうしないと日本のエンジニアは元気にならないと思っています.

日本でのベンチャー企業は?


今後,ベンチャー企業が日本で育つためには,サクセスストーリー以外に何が必要でしょう?

マスコミや本などで,構造的なものやVCが日本で足りないとかいわれています.私はちょっと違った意見をもっています. 起業にたいせつなのはやはり個人ですから,私は日本の50代とか30代後半〜40代の人達にぜひがんばってほしいと思っています.日本では「ベンチャー企業=若い人がやる会社」と思いがちですよね.これは大まちがいだと思います.「ベンチャー企業=若い会社」が正しいでしょう.日本では30代後半からいちばんたいせつな仕事をしており,社会経験もだんだんと付いてくるわけで,人脈とかも実用性の高いものになっています.だから,私個人はどちらかというと20代の人を信用できません.こちらでも20代の人でどんなに良いアイデアをもっていても,VCが“保護者”注3を必ず付けたがります.?

やっぱりVCが設立者の社会経験とかを心配するのでしょう. Netscape,Yahoo!注4とかは良い例です.?

私は「日本の中年頑張れ!」と言いたいのです.話を戻して,日本におけるベンチャー企業の弊害なのですが,構造的なことはほとんど改善されると見ています.ただ税法で,短期間に儲けた人にうまく資金を循環させるスキームが必要だと思います.
ベンチャー企業のストックオプション注5で儲けた人が,その資金で別な会社を起こすというシナリオが多いですよね.そういう意味でも,税法的にシリコンバレーは優遇されていますね.

注3:VC側で社長・CEOを選ぶケースが多い.それが投資の条件となる場合も多い.
注4:いずれも大学卒業ホヤホヤの設立者だったが,投資家の条件で年長の社長を付けた.
注5:ストックオプションに関する詳細は,Interface誌98年8月号の本記事を参照のこと.

日本でなぜVCが育たないのか?


日本でのVCの必要性は,どうでしょう?まだ日本では,銀行系や証券系のVCがほとんどなので,技術的な洞察はシリコンバレーのVCと比べるとまだまだ足りないですね.シリコンバレーのVCは,昔はエンジニアや科学者だったという人が多いですね.最近では,通産省とか政府がスポンサの研修システムがあると聞きました.
私も最近聞いてビックリしていたのですが,日本の新卒でVCが人気職種らしいですね.研修システムで投資のスキームを学ぶようですが,かなりピントはずれに見えます.VCの仕事はスマートに見えますが実際はけっこう泥臭いもので,ギリギリのところで判断すること,もしまちがっても汗を流して投資先をなんとかする…度胸みたいなものでしょうか? これがいちばんたいせつです.1億,2億,数億のお金を自分の判断で動かし,失敗したらどうしよう? そういう心の葛藤の経験が必要です.?

また,日本でVCが育たない理由に,事業経験が少ないとかよくいわれていますが,どうでしょう?

もちろんあっても良いと思いますが,運営経験と投資家として判断をするところは差があり,やはり投資家として経験を積むしかないと思います.また,今後は独立系のVCが日本でも少しずつ出てくると見ています.ただ,政府やマスコミがVCを過大評価しているようにも感じます.VC1社でできることはかぎられているし,かりにベンチャー企業10社をサポートしてもすべてが成功するわけではありません.ただし,シリコンバレーのような状況だと話は違います.その意味でシリコンバレーはアメリカでも異色なところだと思います.

対談を終えて
 水口氏とは,筆者が数年前にベンチャー企業にいた頃の縁でお会いした.以前の日本系VCは出張所のイメージが強かったが,彼の所属するVCは,本格的にシリコンバレーで活動している数少ない本物のVCである.数年前から進んでいる空前といえるVC基金ベース,シリコンバレーVCの専門化など,かなり専門的で興味深い話も出たが,今回は割愛した.

 

トニー・チン htchin@attglobal.net
WinHawk Consulting



copyright 1997-2000 H. Tony Chin

連載コラムの目次に戻る

Interfaceトップページに戻る

コラム目次
New

移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

Back Number

移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


Copyright 1997-2000 CQ Publishing Co.,Ltd.