第32回

〜対談編〜


テクニカルマーケティングの仕事


大御所の登場で,しかも女性なので少し緊張しています(笑).お仕事はハイテク関係のマーケティングが多いのですが,エンジニアとして工学の勉強もされてますよね? そこからお話いただけますか?
トニーと同じUC Berkeleyの電子・情報工学部(EECS)を卒業しました.ちょっと恥ずかしいことですが,当時私は,何を勉強してよいのかわかっていませんでした.UC Berkeley内の学部でもっとも入るのが難しいのが工学部だったので,とりあえずそこに入ってみようと思いました.そこから,ほかの学部に編入しても問題はないだろうと見ていたわけです.
なるほど.卒業後は?
卒業前からサマージョブやインターンシップでHPなどシリコンバレーを代表する大手企業で経験を積んでみました.その頃から,実際のエンジニアリングの仕事より,技術をいかにビジネスにつなげていくかというテクニカルマーケティングに興味をもちました.結局,エンジニアのバックグラウンドをもった人間に,マーケティングの仕事をさせてくれるSun Microsystemsに入社しました. 
現在では,エンジニアがビジネススクールに行ってMBA(Master of Business Administration)を取るというのは珍しくないことなのですが,当時はどうだったのでしょうか? 
当時は,テクニカルマーケティングというと,はっきりしない分野でした.
そうでしたね,以前はエンジニアだと技術一本で通すのが当たり前とされており,せいぜい技術的な仕事に少し疲れたシニアエンジニアがつく仕事だとか,馬鹿にされたりもしましたね.今では,エンジニアの知識をもつ人が当たり前に営業やマーケティングを行っていますよね.
その理由は,シリコンバレーが変化してきたからだと思います.初期のシリコンバレーは,軍事産業にシステムを納めたりすることが多かったので,ほかのエンジニアに売り込めればよかったわけですが,現在の製品のほとんどはコンシューマ製品です.そういう意味で,しっかりとしたマーケティングの知識が必要となるのでしょう.

今回のゲストのプロフィール

Cynthia Dai(シンシア・ダイ)

 中国系アメリカ人,北カルフォルニア,サンフランシスコ・ベイエリア出身.UC Berkeley注1の電子・情報工学部(EECS)卒業.Sun MicrosystemsやHPのテクニカルマーケティング職を経て,スタンフォード大学でMBAを取得. その後は自分の独立系マネージメントコンサルティング会社,Dainamic Consulting(ダイナミック・コンサルティング)を設立.通信,コンピュータ,インターネットなど,さまざまなハイテク分野におけるマーケティング戦略の立案・アドバイスを主としたコンサルティングを行う.また,独自のベンチャー企業を設立する起業家でもある.現在は,シリコンバレーの名門ベンチャーキャピタルに支援されているベンチャー,Cymerc Exchange, Inc.のエクゼクティブチームの一人としてマーケティング副社長を務める.










注1:University of California, Berkeley ─ カルフォルニア大学バークレイ校

ビジネススクールでMBAを取得


結局,Sunを退社されてスタンフォード大学のビジネススクールに行かれたわけですが,どんな理由があったのですか?

2年半ほどSunで仕事をしたのですが,学位がないとなかなか昇級できないことに気づき,また会社勤めに限界を感じてきました(笑).それで,行くならできるだけ良いビジネススクールに行こうと思い,スタンフォード大学にしました.

ビジネススクールはどういうところでした?

公立のUC Berkeleyに比べて私立のスタンフォード大学は競争も少ないし,過ごしやすかったです. また,他校のMBAプログラムに比べてスタンフォードは数値的な解析などを重視する傾向が強く,エンジニアや理系のバックグラウンドをもつ人にとってはやりやすいかもしれません.現に,私は1年目のクラスの数学,理科系の単位を,授業を受けずに取りました.

  それはどういうことですか?

たとえば,パソコンの使い方や初級プログラミングコースがあるわけですが,エンジニアリングでしかも情報工学の勉強をしていた私には再度受ける必要がないので,学士のとき受けたコースがそのまま単位を取ったことになるのです.また,リニアプログラミング(線形計画法)のコースをUC Berkeleyで受けていたので,テストを受けるだけで単位を取れました.その分,授業に出ないですむので助かりました.ビジネススクールの3割ほどが,エンジニアや理科系出身の人達でした.

MBAコースは2年間フルタイムの授業ですよね.

そうです.2年目から本格的なそれぞれの専門に進んでいくわけです.2年目がもっとも楽しいですよ.クラスの内容的に見てもね.ケーススタディをやったりビジネスプランを書いたりして,実際のビジネスに近いことをやります.

そのときですか? 日本やアジアで仕事をしたのは?

ええ.8か月近く,日本のシステム系の会社で仕事をしました.社長に経営戦略をアドバイスする仕事でした.その他のインターンシップでは,典型的なコンサルティング会社で仕事をしました.アンダーセンやKPMGみたいなところですね.


個人でコンサルティングを行う


結局,ご自分のコンサルティング会社をスタートされたのですが,それについて話してください.

私も大手コンサルティング会社から採用のオファーがあったのですが,自分で起業家になりたいという意志が強かったので,自分の会社をスタートしました.大企業が苦手なんですよ(笑).お客さんとしては良いのですが,社員は別です.スタートしたい起業のアイデアが出るまでと思い,自分のコンサルティング会社をやったのですが,これが7年続きました.

私も同じ経験ですね.就職の合間のテンポラリな形ではじめたコンサルティングが続いてしまう人が本当に多いですね.スタートするまでの苦労とかは?

大手コンサルティング会社のオファーを却下していたので他のプランがまったくなく,失敗したら無職になる可能性がありました.しかしやってみると不思議なもので,大手でやっていた仕事を自分一人でこなし,もらえる報酬は自分の懐に全部入るわけですからね.初めは,どこから仕事が入ってくるかわからないので2年間ほど心配ばかりしていました.でも,はじめてのプロジェクトがMotorolaからきたのがラッキーでした.


女性から見たエンジニアの世界


女性としてエンジニアリングや技術分野にいることについて話していただけますか?

まず統計からいうと,UC Berkeleyの工学部では20%が女性らしいのですが,私が在学中は電子工学部で5〜6名ほどの女性の同級生を見かけた程度です.スタンフォードのビジネススクールになると30%ぐらいでしたね.シリコンバレーでいうとエンジニアや技術職で4%とかなり低そうに見えますが,私のように技術者としてスタートしてマーケティング,営業そして管理職につく女性がいるので純粋な技術職というと低いようですね.統計はさておき実感ですが,「仲間がいない」というのが私個人にとって辛いことです.以前の職場だと,ほかの女性は部長のアシスタントの秘書とか受付の人ぐらいなんですね.

仕事中で何か不便とか差別的なことがあった記憶はありますか?
私個人としては,ありません.技術面やビジネス面で,しっかりスキルがあれば,問題ありません.そういう意味で,UC Berkeleyのエンジニアリング学位,スタンフォード大学のMBAは役に立ちました.一般的に思いつく問題は,やはり昇級面でしょうか? 社会的に,家庭をもつ女性が仕事を両立させることはまだまだ難しいのです.だから女性の著名な社長や起業家は,まだ家庭をもっていない方が多いですよね.これは社会全体で改善されていくものだと思います.

SOMAのソフトウェアベンチャー


最近,スタートアップの初期メンバになったとか?

最終的に私のゴールは起業家ですから,自分のコンサルティング会社を大きくしようとは思っていません.以前,起業家としてTesseract Communications(通信サービス)とHealth Connections(医療データ管理ソフト)を自分で立ち上げました.インターネット関係の話で,今回のCymerc Exchangeに入りました.ビジネスを相手にする新しいベンチャーです.最近は,Amazon.comやなYahoo!などのコンシューマ相手のインターネット企業が一段落しましたから,これからはB2B注2が良いと思います.

SOMA注3にある会社になりますね.シリコンバレーとどんな違いがありそうですか?

ソフトウェア関係やマルチメディアでは,今後SOMAが強くなると思います.SEGAなどのゲームソフト企業が市内ですし,ジョージ・ルーカスが新しいマルチメディアの拠点を市内に予定しています.Pixarはサンフランシスコのすぐ外ですよね.そういう意味で,ハードウェア系はシリコンバレーにしっかりルーツが残ると思いますが,インターネットやコンテンツ系でSOMAが強くなる可能性はありますね.

SOMAの倉庫街って地価が安いと勘違いしていましたが,そうではないのですね.都心にあり,公共交通施設が充実しているのが理由で人気があるのですね.


注2:Business to Business(企業間)の略.
注3:South of Market Streetの略.サンフランシスコ市の中心を通る,マーケット通りの南側に位置する,以前は倉庫街だった場所.数年前から活性化され,アーチストのアトリエ兼職場やインターネット企業が多く入っている.

対談を終えて
 シンシア氏は,筆者が企業に勤めている頃,彼女が売り込みに来て知り合った.マーケットリサーチ的な仕事だったが,その後もいろいろとコンタクトを取り合った.結果的に,筆者が独立してコンサルティングをはじめるにあたって,もっとも影響された人の一人だ.とにかく賢い&鋭いという言葉に尽きる方だ.







トニー・チン htchin@attglobal.net
WinHawk Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
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第58回  物理的に正しいITの環境対応
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第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
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フジワラヒロタツの現場検証
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第56回 知らない強さ
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