第38回

〜 Part 2 〜


 いままで読者の皆様からいただいたメールでひんぱんに聞かれた質問を元に,FAQ(Frequently Asked Questions)を作りました.今回は,その中でもとくにシリコンバレーのアメリカ人や職場環境に関する質問を集めてまとめてみました.

アメリカ人や仕事について


シリコンバレーのエンジニアは,暗いヒト,愛想の悪い人が日本より圧倒的に少ない.でも,行儀の悪い人が多いというイメージがあるのですが?
まず,日本で一般的にいう技術者系に多い「オタク」に似た意味をもつ「Nerd」という言葉があります.ようするに,人間と接するよりコンピュータや機械と接するほうが好き,技術的(専門的)な話しかできないといったイメージです.しかし,日本にくらべてシリコンバレーのエンジニアのほうが,エンジニアリング以外にいろいろな趣味をもっていたり,おしゃべりが好きな人が多いように感じます.

 理由は,さまざまなところにあるかと思います.まず,アメリカの大学に入って勉強を続けるには,かなりの数の論文を執筆し,また発表を頻繁に行うことになります.たとえエンジニアリングの勉強をしていても,自分の考えを適確に伝えるという能力がアメリカでは重視されるわけです.つまり,たとえ理工系の勉強ができても卒業が可能ということではないのです.

 次に,シリコンバレーの企業のほとんどは個人評価なので,自分の成果を上司にしっかりと訴えられることがたいせつです.アメリカのエンジニアはいかなる規模の会社でも,自分でやりたい仕事をはっきりと伝えられるということが肝要なので,さらにコミュニケーション能力が必要になると考えられます.

 最後に,「行儀が悪い」について…….また一般的な話になりますが,アメリカ西海岸の文化からいうと,日本で一般的に理解されている「行儀」は堅苦しいとイメージされているように思います.たとえば筆者は,シリコンバレーのエンジニアたちに向けた,日本人とのビジネスでの付き合い方に関する手引書をシリコンバレーの会社の依頼で作ったことがあります.みんながもっとも興味(ほとんど好奇心)をもったのは,?名刺交換の正しいやり方,?上座下座の区別,?商談で食事に行ったときの心得……などでした.はじめはおもしろがって学ぼうとするものの,基本的なところでは「堅苦しい」と感じているのかもしれません.

 なので,たとえばシリコンバレーエンジニアと商談で食事に行っても,まわりにおかまいなしに食べ始めたりすることがあるかもしれません.日本人からすると行儀が悪い(気遣いがない)ように見えますが,アメリカ人からすると,お腹が空いているし食べ物が来た順番から冷めないうちに食べていくほうが合理的であると考えるようです.

希望退職の場合はどうなるのでしょうか?
従業員には,2週間前の通知が法的には義務づけられています.場合によっては,会社側の法務部に次の行き先の会社名(転職先)を知らせる必要があり,そこで従業員の秘密保持契約についての書類を元の会社から転職先に送るという制度があります.
シリコンバレーの企業には,退職金制度はあるのでしょうか?
日本でいう退職金は,401kなどの制度によって,個人積み立てと,それに加えて企業側でいくらか入れてくれます.たとえば4年勤務すると,従業員の1ドルに対して会社側が25セント(25%)上乗せしてくれるわけです(4年以前は従業員の積み立てのみ).勤務年数によって会社側の上乗せ率が増えていくようになっていて,長く勤めてくれるように会社側が考えているのです.401kは,会社側がまとめて投信会社と交渉しているいくつかの基金の中から選ぶ例が多いようです.65歳まで使えないお金ですが,良い基金を選べば相当な貯蓄になります.退職金に関連して,一時解雇の時などに支給されるSeverance Payがあり,最近では平均して1か月〜3か月分の給料を支給するそうです.
みんながすべてスタートアップに行くのではないと思うのですが,スタートアップが嫌な人はシリコンバレーでどうするのでしょう?
良い質問ですね.シリコンバレーでスタートアップと呼ばれる規模の会社に行く人は,本当に一握りといえます.こちらのスタートアップとは,株式が上場する前か,上場して間もない会社のことを一般的にいいます.したがって,Intel, HP, AMD,Cisco, 3Com, Quantum, Adobe, Apple Computerなどはスタートアップではありません.スタートアップの危なさや勤務時間が長すぎるのについていけないエンジニアや家族持ちのエンジニアは,どちらかというとこれらの大きめの会社に勤める傾向があります.会社が上場して比較的安定しているので,仕事の内容や会社の方針も安定しています.しかし,シリコンバレーという土地柄のせいか,これらの大きな会社でもスタートアップに遅れを取らないように,「生涯スタートアップ」という構想を立て,いかに会社が大きくなってもスタートアップの雰囲気を失わないようにするという考えが浸透しています.

 シリコンバレーのこのやり方をまったく受け付けられない人は,ほかの州に移るという選択肢もあります.たとえば,同じアメリカ西海岸でも,ワシントン州シアトルやオレゴン州ポートランドでは,エンジニアリング会社のペースがもう少しのんびりしているようです.


職場について


Tシャツ・短パン,スポーツカーで出社?
シリコンバレーのほとんどの企業が自由な服装規定になっています.とはいえ,職種によって大きく変わるでしょう.たとえば,顧客と会わないでよい純粋な開発系のエンジニアは,非常にラフな格好--Tシャツ・短パンで出社する人が多いようです.筆者の勤めた会社で,ポニーテール,破れたジーパン,はだしかビーチサンダルで1年中出社していたエンジニアがいました.一方,取引先や顧客と会うエンジニアに,スーツ着用を義務づけている会社もあります.

 ラフといっても,一般的に言われるビジネス・カジュアルという服装が暗黙の了解になっています.あいまいな定義なのですが,多くの人はチノパン,カーキ色のズボンに襟付きのシャツにネクタイなし,上着がオプションというのがもっとも多いでしょう.

 スポーツカーについてですが…… やはりちょっと金持ちになったら車にお金を使う人が多いのはたしかなようです.個人差があるとは思いますが,アメリカ国内にしては,シリコンバレーでは高級ヨーロッパ車や日本車を見かける頻度がかなり高いと感じます.

アメリカ人って定時で帰ってしまうのですか? 残業しないんですよね?

シリコンバレーエンジニアの勤務時間については,さまざまな誤解があると思います.

1) 勤務時間より成果

 まず,シリコンバレーのエンジニアのほとんどは,年俸制の給与体系で完全フレックスタイムです.それで,残業手当がない給与体系なので,残業を意識して仕事をすることはありません.年俸制なので,年に数回(一般的に2回)ある査定で個々の仕事の成果を客観的に判断されて昇給が決まります.また,マネージャや経営側も勤務時間の長さよりも仕事の結果を重視するので,どこでどう仕事をするかはあまりこだわりがないと思います.

 フレックスタイムを利用して,子供や家族の予定に合わせて自宅で仕事をしたり,会社を早退して学校参観に行くようなエンジニアも多く,経営側も同じようにフレックスタイムを利用しています. また,最近ではネットワークの発達のおかげで,在宅で仕事をするエンジニアが増えています.

2)24×7エンジニアリング

 その一方で,立ち上げたばかりのスタートアップでは,会社に住み込んで仕事をすることが当たり前になっています.仮眠室,浴室,ロッカールームをそろえているベンチャーは多いですし,食事はほとんど会社で食べて自分のアパートにはほとんど戻らないことになります.極端な例ですが,忙しければ会社側が歯医者とか理髪師を会社まで呼んでくれたりします.

エンジニアなら誰でも雇ってくれますか?

企業側の求めている人材によります.経験や実務上の成果がしっかりあれば,エンジニアリングの仕事ができます.たとえば,ソフトウェアエンジニアでも必ずしも情報工学の勉強をしていた人がすべてではなく,物理学や数学の勉強をしていたという経歴の人もたくさんいます.また,まったく理工系の勉強をしていなくとも独学でプログラミング技術を学んだという人もエンジニアになっています.


おとろえないベンチャー投資とシリコンバレーの近況

 今年度の第2四半期(2nd Quarter Year 2000)のベンチャー企業への投資データが最近公表されました.Price Waterhouse社の調査によると,この四半期でアメリカ全体で$19.57Billion (195.7億ドル)がベンチャー企業に投資されたそうです.案件数は約1400件ぐらいになるそうです.この前の四半期から比べて14%増で,ベンチャーキャピタルの加熱ぶりはおとろえがないようです.シリコンバレー全体では,その中の35.1%にあたる$6.98Bilion(69億ドル)が投資されました.

 この内訳は,23%が通信関係,17%がソフトウェア関係,44%がインターネット関係(インフラ,ツール,コンテンツを含む),5%が半導体関係,5%がバイオテクノロジになっています.ここ数年,ベンチャーキャピタルは,インターネット関連でいろいろ投資をしてきましたが,最近では光ファイバに関する案件を追いかける話が多くなっています.

 その一方で,この2年間ぐらいからスタートしたインターネット系の会社の倒産や買収のニュースも相次いで報道されています.とくに,インターネットのコンテンツ系やコンシューマ相手の企業に倒産が多いようです. しかし,倒産はあるものの,エンジニア達は次のスタートアップに乗り換える余裕があるので雇用の問題はまったくありません.

 雇用の問題としては,技術系やスタートアップに関連しない,飲食店の従業員や運送会社の運転手とかが,シリコンバレーでは慢性的な人手不足のようです.毎年Cupertino市で行われているお祭りでは,市内の有名レストランがお祭り会場の公園で出店をやることが恒例行事になっていましたが,なんと今年は従業員が足りなくてお祭りに参加できないレストランが相次ぎ,主催者側がすごく困ったそうです.また,ベビーシッターや保育施設で働く人達も不足しているので,法外な給料を要求しても雇用側がOKするようです.



copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
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第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
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第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
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第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
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フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
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フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
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Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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