第44回

〜番外編〜


 前回は,HDラボを設立したときのきっかけや動機について伺った.今回は前回に引き続き,ベンチャーが成功する秘訣などについて語っていただいた.

資金調達:手弁当で手堅くスタート


起業する際,もっともよく話に上るのが資金調達ですね.典型的なベンチャーのイメージではVC(ベンチャーキャピタル)などから資金を調達すると思います.HDラボの場合は,三人の設立者達みずからが主な資金源になっていますよね?
おっしゃる通り,普通のベンチャー企業にはしっかりとした資金源があるというイメージがあります.設立してから初めの2年間ぐらいですか……投資家を相手に会社説明などを行う機会がありました.それで気付いたのですが,なかなか投資家達を納得させる材料が自分達にはなかったなと…….
投資する方も我々のビジネスを理解するのには苦労したのかもしれません.サービス中心のビジネスだし,時期的なチャンスをつかむようなところもありましたからね.
一般的にアメリカのVCや投資家は,はっきりと企業体に蓄積される資産……製品などに興味をもちやすいですよね.一概にいえませんが,コンサルティングなどのサービス系は何が蓄積されるかがわかりにくいところがありますよね.
そうですね.製品開発など,ビジネス的な観点からプランが立てられた物であれば理解しやすいし,評価できるのでしょうね.我々のビジネスの場合,育ててみないとわからないとか,時期的なものを狙ったところがあったので,それに対応してくれる投資家がまだまだ日本には少ないと感じられました.
あとは技術的な内容にある程度ついて来てくれる……アメリカでいうエンジェルですか? 元技術者でお金持ちになった人,こういう人達が増えてくれるともっと起業しやすいと思います.
それで結局は自己負担……いわゆる手弁当式の資金調達になったわけですが,どうでしたか?
アメリカのベンチャーでも初期の頃は自己資金が多いですよね.そういう意味では,自分達の船出にはちょうど良いスタイルだったと感じています.
そうですね.私も起業する人にはアメリカでも日本でも,できるだけ自己資金や期間をしっかり取ったほうが良いとアドバイスしています.そうすれば,それだけ起業家自身に決定権をもたせることができますからね.初期の頃から外部のお金に頼ると,最悪の場合には,起業家の考えと違った方向に進むということがあります.自己資金でできるだけ製品開発をしておけば,投資家を募る際にも有利ですから.
共同開発とかいった違ったスタイルでは,外部からの資金調達も有効と考えられます.これから何をやるかにもよりますね.
「なぜ資金が必要か?」と考えた場合,機材の購入,店舗の拡大とか,研究開発期間が必要だとか,……はっきりとしたお金の使いみちが見えていないと駄目ですね.たしかに,資金源は必ずしもVCである必要はありませんから.
また,個人のポリシーとして個人破算だけはやりたくないと思っているので,安易に外部投資家と組むことに対しては慎重です.これから業界の枠を超えて何かをしていく場合には,お願いする可能性は高くなると思いますが.

今回のゲストのプロフィール


長谷川裕恭(はせがわ・ひろやす)

 1984年上智大学物理学科卒業.同年キヤノン入社,フルカスタムLSIの開発に従事.1987年LSIデザインセンタおよびEDAツール販売を手がけるエス・シー・ハイテクセンターのスタートアップに携わる.1988年ごろよりHDL設計に携わり,1991年日本で初めてVHDLによるLSIを開発.1992年エス・シー・ハイテクセンターが米国シノプシス社に買収され,日本法人のコンサルティング部門のマネージャとして活躍.1996年(株)エッチ・ディー・ラボを設立し,ロジック回路設計のコンサルタントとして活躍.著書に『VHDLによるハードウェア設計入門』〔CQ出版(株)〕がある.





小林 優(こばやし・まさる)

 1981年山梨大学電子工学科卒業.同年にカシオ計算機入社.時計LSI開発,ディジタルVTR(未発売)開発,画像処理研究,携帯端末開発などに従事.社則にもない「FA宣言」を含む何回もの「社内転職」を経験.1996年にコンサルティング会社エッチ・ディー・ラボの設立に参加.HDLセミナの企画,開発,講師などに従事し,現在はHDLのマルチメディア教材HDL Endeavorの開発責任者.「受託」より「開発」が信条.著書に『ハイクラスC言語』(技術評論社),『入門Verilog-HDL記述』〔CQ出版(株)〕がある.趣味はマラソン,ウィンドサーフィン,サッカー観戦,ウクレレなど.







自分の仕事のパターンを知る


私の知り合いに,自己資金を使って一人で有限会社レベルでやっている人が数人いますが,これだといつまで経っても大きくなりませんね.
本人がそれで良いのならかまわないのですが…….
しかし我々の場合,二人が技術者で一人がビジネス系の人だったので,これが幸いしたのかもしれませんね.
そうですよね…….設立者一人一人に共通していたのが,一人で事業をやりたくなかったという点です.これは,たんに一人だと寂しいとか,事務所をちゃんと借りてやりたいといった理由からでした.
一時的には一人でやろうと思ったけれど,自己管理とかを考えると,誰かがいたほうがシャキッとしますよね(笑).会社という場所を作ることが大切でした.
最初はマンションの一室みたいなところでしたよね.
これがまた小さいところで,お客さんが来たら三人のうち誰か一人が出て行かないといけないぐらい狭かった(笑).でも,すぐに思い切って引っ越したことが会社を大きく変えていきました.保守的に考えていたら,小さい事務所に残っていたでしょうね.
そうそう,引っ越した先の新横浜はいろいろな業界に関連する会社が密集していたので刺激がありました.場所が変わったら,新しい人に声をかけるのにも有利になりました.元の場所では,芸能マネージャが二人の芸能人を抱えているスタイルと変わらなかったと思います.ただ,営業担当のもう一人の設立者が仕事を取ってきて,それをエンジニアの私か長谷川がこなす…….
自己管理とか仕事のスタイルとか,常に自分をよく知っておく必要がありますね.一人でやりたくないとか事務所を借りたいとか,すべて自分の仕事を進めていくうえで必要な要素ですから.では,現在のオフィスに入ったときはどうでした?
う〜ん,これは凄い効果がありました.最初のオフィスの約10倍の広さなので,こりゃ儲けなきゃ!と思いました.
本当に気持ちが引き締まりました.入れ物でこんなに変わるって凄いことですね.でも,「これからまた10倍の広さのオフィスに入る?」と聞かれれば,さすがに無茶な感じがします(笑).

これから起業する人達へのアドバイス


いろいろな話が出ましたが,これから起業を考えている人にアドバイスするとしたら何がありますか?
う〜ん,あまり偉いことは言いたくないのですが(笑)……とりあえず私は,「やってみなさい!」と言うことにしています.これは,起業をしながら学ぶことのほうがはるかに多いと感じているからです.技術系ならある程度のお金があれば会社は作れるし,エンジニアの職種からいうと小さくやるなら在宅勤務的なこともできますし.最近は,機材といえばパソコンぐらいでしょ? 事務所もピンからきりまでありますし…….
私もやりながら学ぶということには賛成です.私のように大きな会社にいた人には,とくに会社の外の空気を吸うだけでも凄く身になると思います.たとえば,お金の流れに対して理解を深めることができるとか…….
それは資金調達のことですか?
まあ,もちろん資金調達のような会社のお金の流れもあるのですが,お客の前で話をすると,相手の予算状態とか,払えるお金とか,価格などが直接見えてくるわけです.自分の仕事に対価が払われるということが実感できるわけです.大きな会社では,お金や予算のことは誰かがやってくれるという意識があるので,外に出てみてコスト管理などを体験することが大事だと思いました.
それは賛成ですね.アメリカだとバランスシートや経理のデータを日々使うエンジニアが多いので,経理系の数字に強いエンジニアがたくさんいます.会社や事業運営のツールとして経理の基礎知識があると強いですね.
エンジニアに30年ぐらいのライフスパンがあるとすれば,それを一社で過ごすよりも,さまざまなシーンで活躍したりエンジニア以外の体験もする……こういったことが大切だと思います.日本でも終身雇用制が崩壊しているわけですから,これからは柔軟性のあるエンジニアが求められると思います.
なるほど,長い人生を考えた場合,経験やキャリアを積むには自分から動いていかないといけないわけですね.アメリカでいうキャリア・マネージメントですか.
そのためにも私は,「取りあえずうちに来てみない?」と声をかけています.これは自分の都合もあって,エンジニアを探しているからでもありますが(笑).我々のような環境に1〜2年ぐらい置かれても学ぶことは多いと思います.それで巣立ちしてまた違う会社に行くなり起業するというのも良いと思います.
それも面白いですね.アメリカでいうベンチャーのインキュベータ(孵卵器の意味で,ベンチャーを育てる機関・会社)機能ですね.
起業のアイデアも時期的なものがあるので,準備期間をもつことも大事です.でも,ここで腹をくくる必要があると思うのです.相談に来て決心が付かなかった人は,ただ転職したかった人がほとんどでした.気持ち的にどれぐらい起業したいか,それをはっきりさせることが大切です.
決心を付けるということですか?
そうですね.何があるかわからないし,収入などが下がる可能性は高いでしょ?そういうさまざまな苦労を買ってでもしようという気構えでしょうか?
そうそう,我々三人も始めて1年までは収入がないようなものでしたからね.まあ,これは1年ぐらいで済みましたが…….
逆に,2年以上あったら問題ですよね.演歌的に「3〜4年安給料で頑張って,5年後に花が咲きました……」って言うと綺麗かもしれないけれど,2年以内に元の収入レベルにするぐらいの意気込みがないと駄目ですね.
やはり,あまり悲壮感があると良くないですね.楽しく,充実して仕事ができないと.収入が減って,今までの数倍の仕事を毎日するという時期もありました.でも,もう一度やるか?って聞かれたら嫌だ!って言いますが(笑)! やっぱり私のアドバイスは,根性の入れ具合という点に戻りますね.

対談を終えて

 今回の対談では長谷川氏の「やってみなさい!」という発言が非常に印象に残った.独立の際にはいろいろな迷いや不安があるものだが,HDラボはうまくそれぞれの個性を生かし,どこの資金にも頼らず相当な規模の会社に育っている.これは,設立にあたったメンバー三人が明るく前向きであるところも大いに影響していると思われる.






トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
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第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
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第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
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第56回 知らない強さ
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Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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