第47回

Engineering Life in Silicon Valley

仕事もプライベートも充実したエンジニアライフ(第ニ部)

〜対談編〜


 前回は,ハードエンジニアを経てEDAソフト開発に進んだ経緯や,1980年代のシリコンバレーでのスタートアップについて,話をうかがった.今回も引き続き,シリコンバレーでの経験について語っていただいた.

VHDLとの出会い

ダグさんは,『VHDL』という今では定番として教科書になっている著書を出されていますが,この本を書かれたきっかけや背景について話していただけますか?
EDAソフトメーカーのDaisyに勤めているときに初めてVHDLの存在を知りました.当時はアメリカ軍部が中心となり,ASICの検証用にハードウェア記述言語が議論されていました.
そうですね,たしかに1980年代では,シリコンバレーの稼ぎ頭といえば軍部・宇宙航空産業に納品することでしたね.
DaisyやMentorのCADを使って回路図を入力し,ゲートアレイを作るというスタイルが定着してきた時代で,その当時速いシミュレータとしてVerilog-XLに人気がありました.しかしVerilogはまだオープン化されておらず,IEEEなどが中心になってVHDLが作成されました.結局,私はVantage SystemというVHDLのシミュレータ類を作ることを目標に設立された会社からスカウトされ,そこでソフトを書きました.その後,私にはハードウェア設計の経験があるということで,顧客の前に出るフィールドエンジニアにならないか?という社内からの要請がありフィールドエンジニアになりました.
フィールドでの仕事は普及活動がほとんどだったのではないですか? 私もVHDL=軍関係の設計をしている人が学ぶもの=自分には関係ない!(笑)というのが当時の印象でした.
多くの人はそういう捉え方でしたよね.たしかに教育というか,軍関係以外のエンジニアにも普及させる活動がおもな仕事でした.当時はVHDLについてソフトウェアエンジニアリング的な側面から書かれた本ばかりで,ハードウェア設計者向けに書かれた本がなかったので,結局は自分で本を書くことになったわけです.初めての著書だったので,McGraw-Hill社との契約には6か月以上もかかりました(笑).当初は,まあ3000冊ぐらい売れたらいいほうだろう……と思っていましたが,現在は第4版に行く計画があります.日本語版まで出版されているのは少し驚きですね.
VHDLの標準化会議などには,参加されましたか?
初めの頃は熱心にいろいろな会や会合に参加していましたが,しばらく行っていると,標準化会議は自分の性格に合わないということがわかりました.毎回会議室に集まってすごく細かいことを延々と議論するので疲れますし,何か効率的でないことをやっているように思えたのです.それで行くのをやめました(笑).

今回のゲストのプロフィール


Douglas Perry
(ダグラス・ペリー)

アメリカ中西部のサウス・ダコタ州(South Dakota)生まれ.少年時代を同州で過ごしたのち,サウス・ダコタ州立大学にて電子工学を専攻.卒業後シリコンバレーでSinger-Link社に入社すると同時に,シリコンバレーのサンタ・クララ大学にて情報工学の修士号コースに入学する.その後はData General,Daisy,Vantage,Synopsys,Redwood Design Automationなど,さまざまなスタートアップを経験する.VHDL初期の普及活動にも活躍し,多くの教育機関でも採用された著書,『VHDL』〔McGraw-Hill,日本ではメンター・グラフィックス・ジャパン(株)訳,今井正治/山田昭彦監訳,アスキー(株)〕がある.現在は,新しいスタートアップ,Bridges2Silicon (http://www.bridges2silicon.com/)の設立者として活躍している.



開発エンジニアからフィールドエンジニアへ

Vantageで開発から離れて営業寄りのフィールドの仕事に就かれたわけですが,どうでしたか?
意外と自分の性格に合っていると思いました.外を出歩くのは好きですし,顧客と話すことも好きです.それでいて創造的で,技術的な仕事でした.たとえば,製品デモを作る仕事などがあります.顧客が関心を示しそうな製品(VHDLシミュレータ)の機能をわかりやすく,説得力のある形で見えるようにすることはかなり創造的な仕事なので,ソフトウェアと違った挑戦のしがいがあると思いました.トレーニング資料も同じです.当初は熟練者が受講するので,それなりの内容を用意しないと納得しませんからね.
なるほど,たしかに創造的な仕事ですね.
そうです.それに自分は,結果がすぐ出るというのが好きなので,開発の仕事と同じようにフィールドの仕事も結果が出やすいので自分の性格に合っていたのでしょう.

印象深かった訪問先

いろいろな国のいろいろな会社を訪問したと思うのですが,何か印象に残るお話などはありますか?
ありますよ! モトローラの軍事関係の部署へ行ったときのことです.仕事場に行くまで何重にも頑丈そうなドアがあり,カードキーやら暗証番号を押したり,中から開けてもらったりで厳重に警備されている場所でした.最終的にたどり着いたところでは,なんとパトカーのようなライトが付いた安全ヘルメットの着用を命じられました.あのくるくる回る赤いライトが付いているのです(笑).何かの冗談かと思ったのですが,部外者がすぐにわかるようにするためのものだそうです.
子供が喜びそうなヘルメットですね.私の知り合いにも,IBMのメインフレームの仕事で,コロラド州のNORAD(米国空軍の最重要基地,コロラド州のロッキー山脈内地下にある)へ連れて行かれた人がいます.まず,ホテルまで空軍の護衛がお迎えに来て,持ち物検査を受け,そこから護衛の運転する車で基地へ向かったのですが,基地の近くになると目隠しをされたそうです.機械室の寸前までは目隠しをされたままで,ずっと武装した護衛がどこへ行くにも付いてきたそうです.本当か嘘かは知りませんが,トイレまで付いて来たそうです.
ほかには,日本の顧客に製品説明したときのことです.いちばん前の席に年配の,いかにも上司といった感じの人が2名ほど座っており,2人とも説明が始まると腕を組んで目を閉じていたので集中して聞いているのかと思ったら……なんと寝息を立てていたのには驚きました!(笑) でも,説明が終わると起きて「今日はどうもありがとう」と言ってくれました.その後,別の人に聞いたのですが,「日本の偉い人はあんな感じです.彼の部下がちゃんと聞いていたから大丈夫です」と説明されました.あれは不思議でしたね…….
  ありそうな話ですね.

エンジニアは飛行機好き?

ダグさんは,パイロットの免許をもっていますよね? これは以前,フライトシミュレータの会社であるSinger-Linkに勤めていた関係もあるのですか?
私はけっこうな趣味人で,いろいろなことにすぐ興味をもつので,いろいろなオモチャをすぐ買ってしまいます(笑).パイロットの免許はDaisyにいた頃,同僚がたまたまフライトスクールの教官だったので,それがきっかけで取りました.
技術者でも飛行機が趣味という人は多いですよね.私もダグさんを含めて4〜5人パイロットの免許をもっている人を知っています
楽しいのですが,ヨットやボートよりもお金がかかる趣味ですね.最近は息子とモトクロスに凝っているので,あまり飛んでいません.私のもっている免許は雲の下だけ飛べるというもっとも初歩的な免許です.セスナ140とか150ですね.でもこれでロサンゼルスとかカナダのほうまで旅行できるので便利ですよ.
ちなみにいくらほどですか?
1984年に新品のセスナを10万ドルぐらいで買い,これをフライトクラブにリースバックするのです.現在,これを買おうとすると2倍ぐらいの値段になります.また,20時間のフライトごとにエンジンのオーバホールを行うことが義務付けられており,これが1回で最低1万ドルはかかるので,維持費がかなりかかります.維持費以外にも,保険料などがありますね.

会社からのプレゼントにマウンテンバイクを予定!

さまざまなスタートアップを経験されてますが,最近のことについてお話しいただけますか?
出来たばかりのスタートアップなので,ソフトウェア開発者以外の世話役的な地位はできるだけ少なくしようとしています.社員は9人なのですが,私以外は皆開発をやっています……要するに私が世話役なのです(笑).ですから,私が営業やフィールドエンジニア的な仕事,投資家とのやり取り,製品説明のためのテスト回路や試作ボード作りまでもやっています.
なるほど,何でも屋さんなのですね? それで,経営面で何か違った試みなどはありますか?
自分の過去の経験からすると,やはり不要な手続きが気になるので,それに注意しています.会社が大きくなると,すぐお役所的に,文房具を買うのにすら何かの用紙に記入しないといけない……というようなことが起こるので,それは避けようと考えています.ですから,できるだけ小さいグループでやっていきたいですね.

 あとは,楽しく仕事ができる環境を考えています.歩いてすぐ近くに良いレストランがたくさんあるので,週に一度は社員全員でお昼を食べています.また,これから天気が良くなったら家族ぐるみでの活動なども考えています.あとは,社員にはまだ秘密なのですが,今度の商談がまとまったら全員にマウンテンバイクをプレゼントする予定です.これで週に1回は外に出て会議をやろうかと思ってます.皆一日中パソコンと睨めっこしているので,全社会議ぐらいは外に出てやりたいですね.多くの社員が自転車好きなので,きっと良いプレゼントになると思っています.

●対談を終えて

 ダグ氏とは,10年近い付き合いだ.かなりの趣味人で,知り合いも多い.現在のスタートアップも自分のいままでの経験を生かし,家庭的な雰囲気で「組織は小さく,儲けは大きく」を狙っているそうだ.


トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
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第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
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第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
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