第50回

Engineering Life in Silicon Valley

やっぱりバブルだったシリコンバレー?


いさぎよく訂正します!

 最近,John Doerr氏が,シリコンバレーで行われた基幹投資家の会合で,正式に「インターネットはバブルだった」という内容のプレゼンテーションを行ったことが,かなりの騒ぎになった.Doerr氏といえば,シリコンバレーの名門ベンチャーキャピタル(Venture Capital,以下VC)Kleiner,Perkins,Caufield & Byers(通称KP,http://www.kpcb.com/)の名物男だ.KPは,シリコンバレーのキングメーカーともいわれ,シリコンバレーの著名な会社を世の中に輩出しているVCとして知られている.Doerr氏は,その中でもっとも熱心に会合やマスコミに出ているので,彼の意見は世界中でインパクトがあると言っても過言ではない.

 しかも,以前はインターネットに対して,とても積極的なビジョンを掲げて熱心に語っていた.筆者も1997年のVCの会合で,同氏のインターネットに対する見解を示したプレゼンテーションを聞いた.題名がまた面白く,「It's possible... that the Net has been under-hyped!」大まかに訳すと,「もしかしたらインターネットはもっと過大評価されるべきだ!」となる.プレゼンテーションの中には,インターネットがさまざまな通信や情報交換の手段のバックボーンとして使われ,人々の生活を根底から変え,産業革命以来の大きな富を生むことになるだろうと,グラフやそれを裏付けるデータを用いて延々と説明していた.筆者もそれを聞き,とても感銘を受け,Doerr氏にプレゼンテーションのコピーをお願いしたぐらいだった.

 前置きはここまでにして,筆者もこのコラムで,シリコンバレーはバブルではないと言い続けてきたので,Doerr氏に見習っていさぎよく訂正しようと思う.やっぱりシリコンバレーはバブルだった!

レイオフのニュースが毎日ある厳しい日々

 そこで現状であるが,読者の皆さんもご存知のとおり,一時期著名だったシリコンバレーの会社が,次々とレイオフや事業縮小を行い,最悪の場合には倒産している.この記事は8月の初めに書いているが,地元紙,San Jose MercuryやSan Francisco Chronicleでは,どの会社がどれぐらいのレイオフを実施するだとか,どこが事業縮小したとか,どこが倒産準備に入っているだとか,そういったニュースを毎日のように報道している.失業率も昨年末の1.4%から4.5%に上昇している.ちなみに,アメリカ全体の失業率が7月で4.5%だから,シリコンバレーもアメリカ全体の平均値に達していることがわかる.バブルのピークだった頃は,アメリカ全体での失業率が3.7%近くまで下がったそうで,これは1960年代以来のことだったらしい.7月までの累積では,アメリカ全体で30万人がハイテク関係の職を失ったという.テキサス州を中心にしているDellやCompaqも製造部門の人を多く含むレイオフを行っているし,シリコンバレー以外でも大型のレイオフが実施されている.

 また,製造部門が少なく,開発者や重要な人材を失うとなかなか補充できない会社は,さまざまな手段で経費削減を行っている.ある取り引き先の会社では,すべての旅費,新しい器材の購入,人員の募集などの凍結や見直しを行ったり,社員の有給をすべて消化させてしまうことで,経理上の負債を減らすことなどを行っている.次には,社員の減給などを行うらしい.しかし,そのおかげでレイオフをしないで済むシリコンバレーの会社もある.EBAY,Apple,Sun,AMDなどである.

 また,多くのシリコンバレーの会社では,技術者以外の社員をかなりの数,抱えている.技術者は,やはり慢性的に不足しているので,転職先を見つけるのが簡単で早いようだ.

 しかしながら,技術系や専門業でない人達は苦しいようだ.たとえば,WebVanという食品や日用品を扱うインターネットスーパーが急に倒産し,テレビなどでも大きく取り上げられた.数百億円にのぼる資金をすべて使い果たしたからだ.事業の内容は,インターネットで普通の大型スーパーで扱う品物をすべて注文でき,配達してくれるというものだ.技術的には,そんなに大きな問題ではないのだが,技術以外のところで勝負をする必要があった.これは,普通のスーパーと見劣りしない果物や肉を選別するために,倉庫と配達品の仕分けする人達や,鮮度を見逃さずに素早く配達するためのトラックや運転手達……とにかく物流に多くのコストがかかったそうだ.そういうことでは,WebVanのエンジニアグループは全体の数からみると少ないだろうし,転職先もすぐに見つかるだろう.WebVanのレイオフは,ある日の全体会議の日に行われ,ほとんどの社員は物流関係の仕事をやっている人たちで,テレビのインタビューに出ていたが,あまりにも急なレイオフに当惑の表情を隠しきれないようすだった.


Column


カリフォルニアの日系人人口

 カリフォルニア州には,1999年11月号でも書いたように,戦前から日本人が多く住んでいた.戦争中には日系人は収容されたが,釈放後には多くの日系人がそのままカリフォルニアに住み着いた.アメリカやカナダの主要な都市に中国系の人が集まるチャイナタウンがあるように,カリフォルニア州にもジャパンタウンと呼ばれる日本人街がある.しかし現在は,ロサンゼルス,サンノゼ,サンフランシスコの三つしか残っていない.以前は,サクラメント,フレズノ,ストクトン,ワシントン州のシアトルにもあった.残っている三つも縮小状態で,日系人の中では,州の法案で歴史的物件として保存する動きもあるぐらいだ.  現在は,日本から永住目的で来る人も少なく,元からの日系人の人口も,ほかの人種と結婚することなどによって,日本人としての意識が年々薄らいでいっている.  しかし,カリフォルニア州では,他のアジア系住民が増えている.中国系や韓国系の人達だ.唯一減っているのが日本人を含めた日系人だそうだ.こちらで活躍している日本人エンジニア達も寂しくなってしまうのだろうか?



もっと苦しい会社経営者達

 サラリーマン的に仕事をしているエンジニア達と違い,役員や設立者として会社に参加しているエンジニア達の場合はもっともっと複雑だ.

 筆者の知り合いで,もともとハードウェアのエンジニアだった人は,インターネットが普及する以前にソフトウェアエンジニアに転身した.数年前に自分の会社を数人の仲間達と興したが,なかなかうまくいかず,40名ほどいた社員は,一緒に会社を興した数名の役員達だけになった.役員達は,辞めたくても自分の財産を投入して作った会社なので辞められない.また,給料を6か月ももらっていないとぼやいていた.会社の経費を払うだけの売り上げはあるそうだが,他のキャッシュフローはほとんどない.

 会社では,数名を契約社員で使っているが,会社の株を給料代わりに支給しているので,彼らもまた仕事をストップすることができない.この会社は,従来やっていた事業を縮小して多少の儲けを確保しているが,投資家もこれ以上の売り上げを見込んでいないので追加投資に付き合ってくれないし,他社に事業を売却しようにも,あまり大きくないので買い手がほとんどいない.また,VC達も今回は,投資先の案件が相当焦げ付いているので,VC自身が危ない状態になっている.アメリカの全体的なデータでは,VCの業務が初めて赤字になったといわれている.筆者の知り合いは,儲かる事業ということで大幅に事業内容の変更を行って再生を図ろうとしている.

インターネットバブルの原因は?

 インターネットの勢いに乗って,さまざまなエンジニアリングの分野が相乗りしたと思う.もっとも表立って見えているのは,実際にサイトを運営しているコンテンツの会社だろう.ほかのビジネスを対象にしたB2Bのコンテンツ会社,一般消費者(コンシューマ)を対象にしたB2Cのコンテンツ会社,また,これらの会社にソフトやツールを供給するソフトウェアインフラ会社,インターネットに接続したり,サーバなどのハードを供給するハードウェアインフラ会社……などが考えられる.そして,通信業者,ハードウェア会社にチップを供給した会社,設計を担当した会社,設計ツールを供給した会社……とさまざまな形で,すべての電子・情報系のハイテク企業が多大な影響を受けた.しかし,ある分野の伸びが低迷していくと,もちろん連鎖反応的にマイナスの影響を受けていった.

 そこで,実際にバブルを起こしたのは何だったのか,さまざまな議論が行われているが,それらをちょっとまとめてみたい.

(1) The Great Internet Land Grab:土地の奪略戦

 まず,インターネットが物理的に存在する土地のように,「先乗り効果」を見込んだ動きが多すぎた.アメリカには過去,開拓者が土地を自分のものにできるという法案があった.インターネットもそのようにとらえられたのだろうか? インターネットのサイトが,不動産物件のように先乗りすれば良いと思われていた.後からさらに高く売るなり,そこそこの商売をすれば利益が出ると考えられたようだ.また,ブラウザのように無料でばらまいて注目されれば必ず価値が出る……Swarm marketing,群集的マーケティング戦法とも呼ばれた手法で,とにかく注目を得ることや先乗りすることが必須だと考えられた.ここで,無理にユーザーを呼び込むため,無謀ともいえる額の広告宣伝費が使われた.あるコンテンツ系の会社では,日本円で70億円ほどの資金調達を行い,そのうちの70%を広告費に費やしたという.サイトにユーザーを呼び込むために,URLを目立つところにドンドン出したということだ.

(2) 通信業界の自由化がもたらした供給過剰

 AT&Tの分割から始まって,アメリカの通信業界はどんどん自由化されてきた.インターネットが普及し始めた1990年代半ばには,これがピークに達した.長距離電話以外にローカル電話も自由化されることになったり,ワイヤレス業界の電波帯域の入札などが行われた.当時は,さまざまな新しいサービスが次々に紹介され,それらが安価で供給されると想像されていた.

 しかし,実際は期待したほどの需要がないか,コスト的に見合わない,または似たようなサービスが多いなどの理由で,ビジネス的に成り立っていない.これにより,期待をかけて投資したものの,供給過剰な状態になっている.通信業者が敷いた光ファイバや買い込んだサーバが,使われずにそのままになる例が多いという.

回復への道

 経済学者や業界経験者によると,シリコンバレーの景気は1984年の不況以来の大型不況で,なかなか先が見えないという.企業の投資が上向かないと,良い連鎖反応が起こらないというわけだ.現在の一致した見解としては,2002年の春から夏頃には回復するといわれている.これは,半導体製造装置の需要や半導体の需要を元に割り出したデータらしい.

 0.13μmのプロセスが普及して,それによるICのパフォーマンスの向上によってまたハードやソフト面で新しい動きがあるだろうという見方だ.アメリカの特徴だと思うのだが,上がるときも下がるときも「速い」.今回の景気回復は,このシナリオどおりになることが期待されている.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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