第57回

Engineering Life in Silicon Valley

リクルーティング・新卒・入社


 春になると,日本では新学期や入社式などを迎える.アメリカでは,6月が卒業シーズンで9月が新学期なので,日米の差を感じる.関連するとすれば,卒業前の最後の休みになる春休みが3月末にあることくらいだろうか.

Column 五月病

 入社シーズンの次に思い浮かぶのは五月病かもしれない.シリコンバレーのように入社シーズンがない場合,5月のゴールデンウィーク明けに新卒の新人が会社に来ない……ということはない.

 しかし,入った会社ですぐ辞めたくなった……ということは多いと思う.アメリカの場合,急に辞めたりするとレジュメに転職の頻度が増えるので,それで悩む場合が多い.幸いレジュメのルールというかエチケットとして,2か月以下しかいなかった会社についてはレジュメに載せなくてもよいという慣習がある.だから,入社した後にすぐ,自分なりにこの会社は自分に合っていないと考えた場合,2か月以内に行動する必要がある.


リクルーティング

 アメリカでも,入社する前にはリクルーティング活動がある.工学部のある大学だと,企業側が大学に来て面接や説明会をやってくれる.説明会というよりは,初期面接的な意味合いが強い.日程は企業側の都合でバラバラで,企業側の人事担当やOB/OGが面接官になる場合が多い.そして,大学側の就職センターがアポ取りの手配をやってくれる.だいたい30分ぐらいの時間を用意されるが,1日に12〜20個ぐらいの小間なので,人気の会社だとすべてアポが取れるわけではないため抽選になる.アポの取れた学生は,前もってレジュメを提出しておくが,取れなかった学生達についてはレジュメだけ持ち帰ってくれ,会社側から興味がある学生に個別に連絡が行くシステムになっている.

 アポが取れた学生は,その日にはスーツを着て大学に来て,そのまま授業に出席する.そういうわけで,スーツを着てクラスに行く4年生を見ると,リクルートシーズンの到来が実感できる.

 実際のアポ・面談であるが,サマージョブやインターンを経験した学生だと,その内容について話が進められる.企業側の代表がOB/OGなので,実際どの教授のどの講義を受けたかなど,細かいことを知っている場合が多く,ごまかしがきかないので厳しい.

 大学での面接でよい感触だと後日企業側から連絡があり,1日から半日ほど会社で面接を受ける(オンサイトインタビューと呼ばれる).配属されるグループの自分の将来上司となる人,同僚となる人達と面談を行う.オンサイトインタビューでは,実務的な質問を受けることが多い.エンジニアだと実際に設計の話などをしたりと,口頭試験に近いものがある.そして場合によっては即日採用となる.その場合,大まかな給与などが提示され,後日正式な採用通知が郵送される.採用を急いでいる企業の場合,サインインボーナスを提示する場合がある.

 筆者の経験だが,オレゴン州に本社をもつ会社からオンサイトインタビューの招きがあった.飛行機で着いた現地では,なぜかレンタカーの予約をしてくれた.面接は半日ちょっとで終わり,即採用したいとのことで大まかなオファーの内容の説明をしてくれた.筆者が即答しなかったので,人事や上司となる人から会社に来てくれるよう延々と「営業」をされた.帰りの飛行機の時間まで半日あったのだが,ここでレンタカーのからくりが判明した.地図をくれ,その町の眺めの良い綺麗な場所や,ショッピングセンターなどを紹介してくれた.この会社の「弱み」は,オレゴン州の田舎にあることだ.なかなか有名な大学からのエンジニアが集まらないため,ドライブを通じて環境の良さを体験してもらうという狙いがあったようだ.たしかに楽しいドライブだったが,後日筆者はシリコンバレーでキャリアを積みたいことを理由にお断りした.

新卒への考え方の違い

 新卒業生をNew Graduateと呼び,俗語で「New Grad」という……日本の「新卒」と同じだ.日本に比べるとアメリカの企業はそうまとめて新卒を採用しない.これには,さまざまな理由があるかと思う.まず企業側がかなりスリム化していること,エンジニアリングの分野の変化が速いので,のんびりと新卒を雇って立ち上げるという余裕がないということだ.筆者が卒業した1980年代でさえ,新卒をまとめて年間数十人単位で採用するのは,IBM,Motorola,GEという当時の有名企業の特徴だった気がする.

 結局,筆者の入った半導体ベンダでは,筆者が入る2年前から大幅に新卒の数を増やしたので,株主に配るアニュアルレポート(annual report)にデカデカと写真入りで説明が書かれた.ニュアンスとしては,「新卒を10名も採用し,弊社もやっと一流企業の仲間入りをしました」という感じの説明だったと記憶している.

 もう一つの理由として,大学生は単位が取れた段階で即卒業になるので,必ずしも6月の卒業シーズンに学位を取るということでもないことだ.とくにエンジニアリングの分野だと,3年生か4年生になってから行うインターンなどで6か月から12か月ぐらい同級生と卒業がずれる人が多い.また最近では,学費稼ぎと企業経験を積むためにインターンやバイトをしながらのんびりと5年から6年かけて学士を取る学生が増えていると聞く.インターネットのおかげで出社しないでよい技術的なバイトが増えたのと,即戦力にならないとなかなか良い職に就けないという現実もある.

 エンジニアリングの分野は即戦力としての人材を求めているので,中途採用と新卒の区別や扱いの差はほとんどないと考えてよい.新卒と経験が浅いジュニアエンジニアは大体同じ枠で考えられる.一般的な目安としては,実務経験2年以下はジュニアエンジニアとみなされる.まとめると,以下のようになる.

・新卒とジュニアエンジニア=まだ経験が浅いため,給与も低い

・中途採用=経験豊か,給与は経験とスキルに比例

 例外は,博士号や修士号を終了した新卒で,かつ何か新しいアイデアをもっている人達だ.基礎研究部門に入るために在学中の研究内容に期待がもたれる.とにかく個人の知識やスキルレベルによって待遇もまったく違ってくるので,時期的に入社した人を同期と考えたり,後から入って来た人を後輩だとか考えたりする慣習がまったくない.すべては個人の内容によって判断される.

 アメリカの企業では,自分の上司がすべての人事権や予算権をもっているので,必要に応じて採用を行うことが多い.雇用の判断を下すマネージャが予算に応じて決めるわけだ.

 たとえば中途採用のエンジニアの年俸が10万ドルとして,ジュニアエンジニアが5万ドルとする.予算が10万ドルあったとすると,現在抱えているプロジェクトやチームメンバーの内容によっては,さほど技術力を必要としない「力仕事」が多いので,それほど経験が必要ないとする.そこでジュニアエンジニアを2名雇ったほうがよいと考えた場合,ジュニアエンジニアや新卒でスタッフを満たすというシナリオになる.逆に技術的に濃い内容の仕事で経験がものをいうと判断した場合は,迷わず中途採用のエンジニアを探す.現場の管理職エンジニアの采配や権限で物事が進められる.逆に実務経験を有する職種では,新卒やジュニアエンジニアを雇わないというポリシーを設けている企業もある.

入社してから

 さて,新卒が採用されると,入社式などをイメージするかもしれないが,入社日がまちまちのアメリカでは,日本のような入社式はない.出社初日は,同日入社の人達と一日がスタートする.中途採用の人達と同じ扱いだ.入社の手続きとしては,ID用の写真を撮ったり,人事関係の書類に記入をする.また国外からのエンジニアは,アメリカ滞在の合法ビザの有無がチェックされる.記入する書類は山ほどあり,秘密保持契約,退職年金401K関係,ストックオプション関連などが一般的だ.開発グループに配属されるエンジニアは,さらにパテント関連のノートやバインダを渡される.福利厚生関連では,健康保険や個人退職年金(401K)の説明が行われる.

 半日ほどかけて人事の手続きが終わると,はじめて自分のグループがある場所へ行く.そこに自分の上司が待っており,パーティションオフィスの場所を決めたり,文房具の場所を教えてくれる.その後は,オフィス内で同僚の紹介をしてくれる.歓迎会はその日の昼食やその週の金曜日の昼食に行われ,アフター5の「歓迎会」はシリコンバレーではあまりないと考えてよい.

 会社によって少しずつ個性を出す場合もある.筆者の知っている会社では,その月に入社した新人全員を集めて社長との昼食会を催す.自己紹介をして,なぜ入社したかなどを話したりする.

OJTが基本……研修は中間管理職以上が対象?

 実際に仕事の作業であるが,日本だと研修期間などイメージするかもしれない.アメリカの企業では,即戦力を求めるためにOJT(On the job training)がほとんどだ.習うより慣れろということだ.ジュニアエンジニアの場合,誰かシニアエンジニアに指示されて仕事をこなすことによって経験を積んでいくことがほとんどだ.

 筆者の場合,設計ツールをひととおり学ぶ期間が与えられたあと,小さいパーツだが,すぐに設計をするようと言われた.バレルシフタをフルカスタムレイアウトで行っていたので,そのリーフセルの設計だった.CMOSトランジスタのサイズを自分で決めてシミュレーションした結果を監督役のシニアエンジニアに見てもらい,彼が「よし」というまで細かい調整を行った.その間の細かい指示はしてくれない.自分で工夫しろということだ.このように実際の仕事をして学ぶスタイルが,ジュニアエンジニアでは当たり前だ.

 もう一つの例で,ソフトウェア開発を行っていた会社では,新卒を18か月間,ホットラインサポートの人員として使っていた.顧客からのバグ報告を整理して担当の開発者とやりとりを行う作業だ.これによって社内の開発グループと面識ができる.これもあまり具体的な指示がないOJTで進められる.ドンドンかかってくる電話に対応するのは普通のエンジニアには苦しいかつまらないので,経験を積んだエンジニアをホットラインにするにはもったいないし,長続きしない.狙いは,ジュニアエンジニアが問題解決のために実際に開発担当者とやりとりを繰り返すことにより人間的な駆け引きを学ぶことだと,この会社は考えていたようだ.

 無事に18か月を過ごせたジュニアエンジニアは,自分の希望する専門エリアに配属されるシステムになっている.ジュニアエンジニアはひととおりの開発者とのやり取りをしているので,自分の好みもはっきりしているというわけで,一石二鳥かもしれない.

 最後に,研修に関する考え方が日米の格差があるのかもしれない.アメリカであると,社内で経験を積んだ貢献度の高い人材にさらにステップアップしてもらうため,会社側が負担した研修を行うという意味合いが強い.よって社内外で用意される研修は,中間管理職や専門職に対する内容がほとんどだ.まだ給料もアウトプットも低いジュニアエンジニアには,会社側としてまだまだ大きな投資ができない……という考え方ともいえる.




トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
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第32回 情報家電のリテラシー
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第28回 映画に見る,できそうでできないIT
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第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
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第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
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