第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
RFID,いわゆる無線タグが今注目されている.ゴマ粒大のICチップがバーコードを置き換えるとか,レジ清算がカゴごと一瞬でできるとか,食品の賞味期限を冷蔵庫が認識するとか,ともかくいろいろな話題が経済誌をにぎわせている.その先にはスマート・ダストというセンサ内蔵無線タグのクラスも控えている.最近ネタ不足気味のIT業界としては,久々の長期有望分野の出現だともいえる.しかもRFIDはすでに動いているシステムであり,コストの問題さえ解決できれば今すぐにでも使える技術なのである.ドッグ・イヤーとかマウス・イヤーで動いているといわれるIT業界なのだから,それほど見えている技術ならば,話題だけでなくもっと広く使われて良いのではないかと思うわけである.
今回はRFIDにまつわる二つの話題を性善説と性悪説という視点から検証してみたい.
レジレス・コンビニのリアリティ
買い物かごをゲートに通すだけで自動的に購入金額が計算され,電子マネーで決済できるレジレス・コンビニというコンセプトがある.RFIDの一般向け応用としては,これが一番わかりやすい例である.タグのコストは将来1円以下にまで下がるというのだから,商品価格が100円以上ならば現実性はある.技術的には読み取り精度も限りなく上がるだろう.システム的にもバーコードをRFIDに置き換えるだけだから,RFID付き商品だけを取り扱うコンビニならば,今でも実現可能である.
問題はこのコンビニの運用形態にある.このレジレス・コンビニ,全商品がRFID対応で,かつ客がすべて電子マネー対応になっていることが前提になる.電子マネーを使わない客を認めたとたんに,レジ係が必要になり,レジがあるならタグなし商品も扱えるということになって,どんどん普通のコンビニと化してしまう.
少し積極的に考え,RFID商品と電子マネーだけを取り扱うレジレス・レーンを作るという考えもある.しかし,そのレジレス・レーンではRFIDなしの商品はリーダから見えず,意図しようとしまいとチェックされずに通過できてしまうことになるから,やっぱり全商品RFID付きにせざるを得ない.結局,扱い商品の少ない不便なコンビニとなってしまう予感がする.コンビニに限らず,小売業では基本的に顧客を性悪説で考えている.
RFID対応冷蔵庫に見るトレーサビリティの夢
RFID読み取り機能付き冷蔵庫という夢もわかりやすい.RFIDに商品情報を定義しておき,冷蔵庫に商品を入れると自動認識され,冷蔵庫が賞味期限などを教えてくれるというものである.この夢が画期的なのは,商品情報を1個単位で提供するという点である.情報科学的に言えば,既存のバーコードは商品に共通な基本クラス情報だけを提供するが,RFIDは個々の商品のインスタンス情報まで提供するということである.技術的には,商品1個1個の情報を提供するデータベースの維持管理コストと,情報流通コストが問題になるのは明白である.
とりあえず,それはe-Japan戦略が保証する世界最強のITインフラが何とかしてくれるとしよう.それでもこのシステム,IDとデータベース上の商品情報が一致していることをどうやって保証するかという問題が残るのである.RFIDが製品と構造的に不可分であるならば,IDと商品が一致しているとみなせるが,生鮮食料品は流通で次第に小分けされていくので,分割のたびにIDの付け替えが行われる.このモデルには生産者も流通業者もみな正直で商品情報を偽らないという性善説の仮定が入っている.逆説的になるのだが,流通側にRFIDを入れてまで生産地や賞味期限を正しく伝えたいという“善意”があるのなら,トレーサビリティが問題になることはなかったのである.
例に取り上げた二つのシステムが機能するためには利用者もサービス提供者も情報を正しく提供し,悪意はないという仮定が入っている.また,RFIDは非接触読み出しであり,商品購入後も生きているIDなので,その人が何を持っているかが外部から見える,つまりプライバシが侵害されるという指摘もある.これもRFIDのリーダを持つ組織は悪いことはしないという性善説的な仮定に無理があるから出てくる話である.
RFIDはもともと消費者まで情報が流通するという開放型の応用が想定されていないシステムだったように思う.企業内の在庫管理や流通管理のように信頼可能な範囲での応用に向いているから,そういう用途には地道に浸透してきている.
RFIDが可能にする夢のサービスを実現するためには,人間の行動原理を含めたシステム設計にひとひねりくふうがいるように思えるのである.
やまもと・つよし
北海道大学大学院情報科学研究科
メディアネットワーク専攻
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