第87回

Engineering Life in Silicon Valley

エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ 第三部


今回のゲストのプロフィール

川中 幸三(かわなか こうぞう):1972年生まれ.1996年法学部卒.半導体部材メーカに就職,東京事務所にて半導体パッケージのリード・フレームの海外営業として3年半勤務後,1999年にシリコン・バレー駐在事務所へ赴任.その後半導体フォト・マスクの営業マネージャとしてファブレスIC企業の新規開拓を進める.3年半の間に30社近くにのぼる新規顧客を獲得し,実績を買われて2004年に半導体ファウンダリ専業メーカのスタートアップへ転職.シニアセールス・アカウント・マネージャとして新規ビジネス・デベロップメントに従事.北米に事務所を置く半導体ファンダリ専業メーカの中で数少ない日本人として,北米顧客開拓および日本市場参入へ向け意欲を燃やす.週末は美味しいワインを探しに奥様とナパ近郊のワイナリを巡るのが趣味.SFベイ写真倶楽部にも所属,サンフランシスコ近辺の風景写真にチャレンジしている.




前回まで:営業のプロとしてシリコン・バレーで仕事をして行く決心をした背景として,人脈の話が出た.また,数名のコンタクトから700人に登る人脈を形成した方法,そしてそこから商談に結びつける方法などについて話していただいた.

転職が早いので人脈メンテは必須


 人脈を数名から700名以上へと増やしたのは,やはりすごいと思います.また,築き上げた人脈をメンテナンスするため,自分なりのリサーチを行ったり配信をすることによって人のネットワークを強化することも効果的だと感じました.
 実はアメリカに来た当時は,人脈の大切さをあまり理解していませんでした.しかしシリコン・バレーの現状,とくに人材の流動化が激しく転職も頻繁に行われるという事実を目の当たりにしたので,たった一度でも会った方と付き合っていくことが大事だと気付きました.自分自身が転職しても人脈は大いに活用できるので,とても大切な財産だと痛感します.

 人が辞めたり,上司と部下の立場が逆になったりと,あまり日本ではないような状況が多くあります.たとえば日本でNECに勤めていた人が日立に行って,それで東芝に行くってなかなか考えられないですよね.
 そうですね.私は言うならばシリコン・バレーが一つの会社で,Intel,AMD,Qualcomm,BroadcomやNvidiaがそれぞれ事業部くらいに感じています.

 みんなシリコン・バレー内で巡回しているケースが多いので,そういう考え方は妥当かもしれませんね.
 デメリットとしては,同じ業界で活躍するケースが多いので,失礼なことをするとたいへんなことになります.

 ある顧客に,社内でも敬遠されていた部長クラスの方がいたのですが,どうも性格的な問題があるようで,周囲からも嫌われていたようすが伺えました.しかし私にとってはお客様ですし,どうなるかわからないので,きちんと接していました.

 その後,その方は会社を去ったのですが,先日訪問した勢いのある新興企業の副社長になっていました.先方は私のことをよく覚えていて,いろいろと懇意にしていただいています.このように,前に会った人が転職して偉くなっているケースがありますよね?


 私もそういう経験があります.15年ほど前の顧客で,かなり年配のエンジニアが多くのんびり仕事をしている会社がありました.その中でも,もっとも頼りなさそうな台湾系の人がいて,いつまでものんびりと仕様書を書いたりして一向に設計をスタートしようとしないというぐあいです.しかし,数年後,雑誌の広告にこの人が出ていたのです.驚いたことに,かなり有名な台湾のシステム系の会社のトップになっていました!かなりスマートな広告で,格好良く写真に出ていたのです.このように,だれがどう新しいポストにつくかわかりません.
 お客様が転職してから実際のビジネスにつながったケースが意外と多いですね.たとえば,会社のビジネス・モデルのためビジネスが展開できないという知人がいました.しかしその方が転職して,違う会社で同じような担当になると,状況がまったく違うので発注してくれる例がいくつかありました.

 よくある話ですよね.私も大手に勤めている知り合いが多く,直接に商談に結び付くことがないのですが,ひょんなきっかけで急に連絡があるときがあります.大体は,スタートアップに入ったとかで,スタッフも少ないので私にコンサルティングをして欲しいとか….
 やはり日本でも人脈は大切だと言いますが,シリコン・バレーの人脈は日本のモノと違う感じがしますね.

 確かにシリコン・バレーのほうが個人ベースの人脈でしょうね.会社の看板を背負っているわけでなく,その人がどういう人で何を知っていて,何ができる…という風に具体的な知識や能力を重視している感じがします.

営業のプロとしてのくふう


 人脈メンテナンス以外のくふうはありますか?
 くふうと言えるかどうかわりませんが,顧客と話をするためのさまざまな業界データを自分なりに整理して持ち歩くようにしています.実際の商談ではキーとなるプレゼンテーションにかなりエネルギを使っていると思います.顧客先でいろいろな状況を想定し,プレゼンテーション資料の組み替えや新規作成,およびデータの準備を念入りに行っています.

 また,プレゼンの方法もくふうするよう心がけています.その日聞かれそうな質問などを想定して自分で壁に向って一問一答をしてみたり….プレゼンも事前に自社の会議室で予行演習をします.


 それは大事なことですよね.アメリカの高校のスピーチのクラスでも似たようなことをした覚えがあります.

 さて,ネゴシエーションなどは,何かくふうされてますか?

 理論的に自社の強みをアピールし,説明することが第一ですね.その次は,相手の出方を想定して自分でやりとりを予行演習してみるなどです.データで納得する場合があるので,必要なデータを揃えていろいろな質問に答えられるようにするとか…,相手の心理を読んだり場を読むスキルがもっとも大切ですね.

 そうですね.場を読むとか,空気を感じ取るとか…,こういうことはだれかに教えてもらったのですか?
 いっしょに仕事をした方や,顧客,そのほかいろいろな場面から学び取るようにしています.アメリカに来た当時は,当時の上司,アメリカ人のエージェント,そして取引先の方にとても影響を受けました.今でも私生活で,たとえばお医者さんにかかった際,おもしろい説明を受けたら自分なりに活用してみたり….アメリカ人のジェスチャなどは大げさですが,それなりに意味があるので参考になると思います.

 また,アメリカのビジネス・スタイルは対等な立場なので,時には「買うの? 買わないの?」と強気に出る方法も必要に応じて使います.後は,演出ですが,Oh No!とか言って両手を挙げてみたり,椅子にふんぞり返る仕草をしたりするときもあります.相手の出方でうまく使い分けなければなりません.


 演出ですか.私もよく使った手に,ブスッとした顔をして返り支度を無言でやり始めるとか…ネゴが硬直しているケースに使ったことがあります.先方が慌てて「えっ?! なんでもう帰るの? 話が終わっていない!」と言って,話が再開して…結局,我々の有利な方向に持っていけました.
 ちょっと変わった手で,くふうに入るかどうかわかりませんが…,顧客の中でもなかなか会えないキーマンがいました.その会社で懇意にしていただいた方から,そのキーマンが毎朝あるコーヒー・ショップに立ち寄ることを教えていただき,そこで朝待ち伏せをしました.一応,たまたま偶然に会ったようにしましたが(苦笑).

 う〜ん,ちょっとストーカーぽいけれど,なかなか会えないキーマンとかと社外で会うのは非常に有効ですよね.…しかし,いろいろとくふうされてますね(笑).

スタートアップには人脈が必須


 さて,今後はどういうことをしてみたいですか?
 私は,エンジニアでないので何かを作り出す能力はありませんが,営業としての道がなかなか奥が深く,とてもおもしろいと感じています.リード・フレーム,BGA,フォト・マスク,そして半導体ウェハ・ファウンダリと,半導体業界の川下から川上へと動きながら,それぞれの製品のSalesを担当してきました.いずれは,自分もファブレスICベンダのスタートアップを立ち上げてみたいと思います.スタートアップですから,いずれは成功して株式上場まで導きたいと思っています.

 現在の仕事の経験や人脈だと,たいへんスタートアップには向いていると思いますよ.

 スタートアップはアイデアを持っていることも大切なのですが,そのアイデアを製品に結びつけられるプロを自分の顔で呼び込めるかどうかで差が出ます.つまり,成功しているスタートアップは,アイデアとかエンジニアリングももちろんすごいのですが,経営面やマーケティング,販売面でも賢い人を集められるだとか,資金調達の際にもなじみの投資家を連れて来れるとかが重要で,顔が広い人が必要になります.自分が声を掛けたら,何か手伝ってくれる人やだれかを確実に紹介してくれるような力のある人をどれだけ知っているかがとても大切です.

 ですから,川中さんのように日頃から人脈管理をしている人はスタートアップには非常に有利です.エンジニアでも,あまり顔が広くないとどうしても自分のアイデアに賛同して協力をしてくれる人を集めるのに,時間やエネルギ,費用が掛かってしまうことがあるのです.

 なるほど.
 またもう一つは,営業力や人を説得する能力です.エンジニアとしてアイデアは良くても他人を説得する能力が欠けていては,ビジネスにはつながりません.川中さんのように営業で鍛えられてきている人は,スタートアップには非常に大切なチーム・メンバになるかと思います.ぜひスターアップでがんばってください.

対談を終えて

 川中氏は,シリコン・バレーで地元企業を相手に営業を展開している稀なプロだ.日本からの駐在で営業をしている人はそこそこいるかとは思うが,みずからこの道を選んでいて,プロ意識で仕事をしているところが非常に稀だと思う.

 シリコン・バレーのエンジニアや元エンジニアを相手にビジネスをするのは容易なことではない.競争が激しく仕事のペースがとても速いからだ.その中で着実に営業のプロとしてスキルを磨き続けるのはさらに難しい.久々に「この人はすごいなぁ!」と思わせるゲストだった.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk Consulting

 


copyright 1997-2005 H. Tony Chin

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