第32回
情報家電のリテラシー
昨年あたりから,DVDとそれに関連した家電製品や情報機器が話題になっている.出荷額の統計によると,昨年はDVDプレーヤの出荷量がVCR(ビデオカセットレコーダ)を越えたのだとか.確かに,家電量販店の売り場を見ると,VCRよりもDVDプレーヤやDVDレコーダのほうが目立っているように感じる.アナログレコードからCDへ移行したときの経験から考えると,ビデオカセットがDVD-RやDVD-RWなどに駆逐されるのは時間の問題だろうと思う.
そんな折,我が家でもCATVで映画チャネルが見られるようになった.そこそこに映画マニアでもある筆者は,これをきっかけにHDDレコーダが欲しくなり,久々に家電量販店の売り場を物色することとなった.映画が好きとはいってもAVマニアというほどでもない筆者は,ともかく安いDVD-Rレコーダはないかと探すことにした.そうして,60GバイトHDD+DVD-R/RAMのレコーダが8万円台で売られているのを見つけ,思わず衝動買いをした.
じつのところ筆者は10年ほど前に研究目的で,30分だけ録画できるアナログのLDレコーダを買ったことがあるが,その当時の値段は350万円だったのである.IT分野の技術革新の凄まじさを感じさせてくれる商品である.なかなか凄いスペックの家電製品で,使うのに相当なリテラシーが必要であるように感じた.
複雑な情報家電の接続モデル
これを買った目的がCATVからの録画だったので,まずCATVのセットトップボックス(STB)につなぐことになるのだが,どのようにつなぐのが正しいのかがわからない.最近のAV機器は必ず複数の入出力端子を備えているので,その可能な接続の組み合わせは,ちょっと大げさにいうと機器の数をN とすればN 乗のオーダということになる.TV+レコーダの単純な組み合わせなら悩むことはないのだが,STBが絡んでくると話がやっかいになる.
などと,ぶつぶついいながら信号の流れを整理してつなぎ込んだが,ラックの後はAVケーブルによってくもの巣状態になってしまった.マニュアルには代表的な接続例が書かれているのだが,コンポーネント化されたAV環境はいろいろなケースがあり,マニュアルに書かれているものと同じとは限らない.難しいといわれるPCのセットアップのほうがよほど標準化されているように思う.
さらに,最新のHDDレコーダには100Base-Tのコネクタが付いていて,PCとの連携も可能になっている.これも大変な話で,そこまで考えるAVマニアのPCにはきっとMPEG-2のエンコード/デコードのボードも装着されているはずである.したがって,AV接続の複雑さはさらにもう一段上がることになる.こんな高度なリテラシーを要求する家電製品がヒット商品になるとは,日本国民は相当にITリテラシーが高いと自慢してよいのではないだろうか.
さらに高度なリモコンリテラシー
何とかセットアップが終わり,スイッチを入れてようやく画面が現れるのだが,じつはその先にまた難題が控えていた.あまりに機能が多いのである.HDDの容量が60Gバイトあるということは,DVD換算で15枚以上記録できるわけなので,タイトルなどを見るためにブラウザが必要になる.
録画する方法だって,記録先がHDD,DVD-RAM,DVD-Rと3パターンもあるし,録画ソースもTV,CATV,内部ダビングと複雑怪奇である.そのうえ,記録フォーマットが4通りくらいある.これをすべて理解して使い分けるのはなかなか大変である.少なくとも,メールやWWWをアクセスするための情報リテラシーより高度な知識を求められているように感じる.そして,これらを操作するのがリモコンという機種依存の端末装置ということになるわけだ.
リモコンは大きさが限定されるので,ボタンの数に限りがある.限られたボタンで再生ブラウザから編集,ダビングまで行うわけだから,操作シーケンスが深くなるのである.メニューになっていればよいというものではない.メニュー階層が3段階を超えたとたんに,何をやっているのかわからなくなる.いちばん困るのが,リモコンの形やボタン配置が機種ごとに違うことである.難しいといわれるPCのキーボードだって,キー配置は基本的に同じなのである.ボタンが少ないから簡単だというのは大きな誤解である.
情報リテラシーってなんだろう
HDD付きDVDレコーダの中身は,冷静に考えれば高性能PCにDVD-RとMPEG-2付きTVチューナをつないで,箱をDVDプレーヤのようにデザインしたものである.すなわち,中身はPCだが箱が家電製品ということである.だから使い方もPC的になり,情報リテラシーならぬ家電リテラシーが必要になったということだろう.
これからは情報リテラシーが重要だといい始めたのはもう何年も前の話である.e-Japan戦略の効果もあってか,学校内インターネットからIT講習会まで,いたるところで情報リテラシー教育を受けることができるようになった.しかし,構造も機能も最上位レベルのPCに匹敵する情報家電の使い方を学習するための講習会というのは聞いたことがない.
人間,本当に欲しいものや,なければ生活に支障が出るようなリテラシーは自然に身につくものだということを,このHDDレコーダは証明しているのではないだろうか.
やまもと・つよし
北海道大学大学院工学研究科電子情報工学専攻
計算機情報通信工学講座 超集積計算システム工学分野
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