山際 伸一

ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜


ポルトガルのインターネット事情

 めまぐるしく成長している日本のインターネット事情は海外にいても目を見張るものがあり,うらやましさと劣等感を感じる.筆者の記憶では,日本にADSLが蔓延する前,ヨーロッパでは図書館などで気軽にインターネットが使えるので進んでいるなぁと感じたが,その後たった数年で立場はひっくり返った.

 今回はポルトガルのインターネット事情を中心に紹介していく.サービス・パッケージとして多少の差異はあるが,ヨーロッパ全体として見たときには,どの国でもバンド幅はほぼ同じくらいである.日本では徐々に当たり前になりつつある光ケーブルなどというものは,ポルトガルでは皆無に近い.しかし,銅線ケーブルでのインターネット・サービスは普及が進んでいる.現在の日本と同じレベルになる日は近い.

インターネットを我が家に!!

 ポルトガルでインターネットを家に引こうと思った場合,

  1. アナログ・モデム
  2. ADSL
  3. ケーブルTVのインターネット・パッケージ

のどれかを選ぶことになる.モデムの場合,日本では昔なつかしい56kbpsのアナログ・モデムでのISP経由の接続となる.アナログ・モデム利用の場合,日本のサービスと変わらない.56kbpsのアナログ・モデムで時間を気にして接続するというものである.日本のNTTのようにテレホーダイのようなサービスはないが,ポルトガルでは夜中であれば1分1セントなので,この方法がいまだに人気があり,後述するADSLなどの常時接続を考えない人がほとんどである.メールを見て,ちょっとだけWebにアクセスする程度の人は,この方法で十分だろう.

ADSL vs. ケーブルTV

 さて,今回の主題となる常時接続の方法であるADSLとケーブルTVのインターネットに話題を移す.いま,ポルトガルではADSLとケーブルTVがしのぎを削っている.

 日本では当たり前の知識だが,ADSLを利用するには電話回線が必要になる.すでに,ほとんどの家には電話回線があるため,新たに別の回線を引く必要がない.しかもどこの地域でも基本的には利用可能であるというメリットがある.しかしケーブルTVが提供するインターネットでは,利用可能地域が限られているということと,その場所が利用可能地域だったとしても,家に回線が来ていないときは工事を依頼して,ケーブルを引き込まなくてはならない.もちろん,電話回線と別の回線となるため,一般的にこの事実を知った段階で導入に抵抗を示す人が多い.さらに,大きな都市(リスボンやポルトなど)の近隣でない限りは,ほとんどの場合でサービス範囲外となり,選択することができない.

 ADSLとケーブルTVのパッケージを表1表2で比較してみる.ADSLもケーブルTVのインターネット接続サービスも,日本のシステムと比べた場合に疑問を感じるサービス内容があることに気づいただろうか.国内/国外の接続量制限があるのだ.この制限を越えると追加料金が発生する.通常,制限量を超えたところから100Mバイト単位で1から2ユーロが課金される.筆者の場合,最初は知らなかったので,いろいろなものを次々とダウンロードしまくっていた.そして,ある日どうも変な追加料金が発生しているな…と気づいて,はじめてこの事実を知ったのである.

 我が家ではケーブルTVを入れて,IP電話とインターネット接続を利用している.しかし時折,ADSLの勧誘セールスが家に来ることがある.このセールスマンのことばに驚いた.「外国人だと,国外に接続することが多いでしょう? ですからお得なんです」.なんとも,返すことばがない.インターネットのコンセプトとしては,国境や距離感がなく自由な仮想空間であるというものだったのではなかろうか.

 ポルトガルから国外につながる国際回線として,筆者の調べた限りでは,スペイン(マドリッド)に通じるものと,イギリスに通じるものがあるようだ.この回線の利用料が法外に高いために,このような制限が加えられているのではなかろうかと思ってしまう.

表1 ADSLパッケージ(ポルトガル)
供給会社サービス内容価格(月額)
Portugal Telecomスピード:
  上り 128kbps〜256kbps
  下り 256kbps〜1Mbps
国内通信量制限:20Gバイト〜なし
国外通信量制限:2Gバイト〜なし
22.5〜45
ユーロ
Clixスピード:
  上り 256kbps〜400kbps
  下り 2Mbps〜8Mbps
国内・国外通信含めた制限量:
  10G〜50Gバイト
22.5〜54.9
ユーロ
Novisスピード:
  上り 128kbps〜256kbps
  下り 512kbps〜1Mbps
国内通信量制限:4Gバイト
国外通信量制限:20Gバイト
34〜130
ユーロ
注) モデム料金は別.買い取りで100ユーロほど

表2 ケーブルTVパッケージ(ポルトガル)
供給会社サービス内容価格(月額)
Cabovisão
(カボヴィザオン)
TV(42チャネル)+Internet+IP電話
スピード:
  上り 128kbps〜2Mbps
  下り 128kbps〜2Mbps
国内・国外通信含めた制限量:
  5G〜40Gバイト
20〜45
ユーロ
NETcaboケーブルTVのラインでインターネット接続のみ提供
スピード:
  上り 128kbps〜2Mbps
  下り 128kbps〜2Mbps
国内通信量制限:10Gバイト〜なし
国外通信量制限:300Mバイト〜なし
  (もっとも安いパッケージでは1か月に15時間までの利用制限付)
22.5〜45.10
ユーロ
注) モデム料金は別.買い取りで50〜100ユーロほど

プリペイド式インターネット接続!?

 ポルトガルではいろいろな分野でプリペイド式のものが多い.たとえば携帯電話はプリペイド式が主流なので,学生でも気軽に使った分だけ払うことができ,普及率は99%である.このような背景から,なんとインターネット接続に関しても,プリペイド方式がある.

 筆者の調査では,表3に示すISPがプリペイド式の接続サービスを提供している.この価格を見ると,長時間インターネットに接続しない人にとっては,こちらのほうが得のような気がする.しかし課金方法に落とし穴がある.課金システムとしては日本のプリペイド式携帯電話と同様である.つまり,表3のどちらのシステムでも,22.5ユーロを一度に払う必要がある.2か月間そのチャージした分を保持でき,2か月を超えると,たとえ少ない額が残っていたとしても,そのチャージ分が無効になり,繰り越されない.

 しかし,1日あたり30分以上の利用を考えるとすると,固定額のほうが得であるため,通常のエンジニアはプリペイド方式を選ばない.それから,ネットサーフィンで暇つぶしをしようとしても,もともと回線のスピードが遅いので,思いのほか長い時間利用してしまう.

表3 プリペイド式インターネット・パッケージ(ポルトガル)
供給会社サービス内容価格
Portugal
Telecom
ADSLのアクティベーションが必要
スピード:
  上り 128kbps
  下り 256kbps
国内通信量制限:10Gバイト〜なし
国外通信量制限:300Mバイト〜なし
国内・国外の制限なく,
最小接続時間10分で,それ以降を1分あたりで換算し,1分あたり3セント
NETcaboケーブルTVを引いていることが前提で利用可能
スピード:
  上り 256kbps
  下り 256kbps
国内・国外の制限なく,最小接続時間10分で,それ以降を1分あたりで換算し,1分あたり3
セント
注) モデム料金は別

写真1 無線LAN接続を無償で使えるスポット

写真2 Zona de Internet sem Fios(Zone of the Internet without wires)の表示
最近このようなスポットが増えている.空港や大きなショッピング・モールなど人が集まるところには,このような表示とともにゾーンが設けられており,無償でインターネットへアクセスできる.ポルトガルに出張の際には要チェック!

サービス品質

 休日に妻と「ネットで買い物しようかな」なんて,ネットにつないでいろいろ探索していると,「あれ?」と突然つながらなくなった.これが最初に気づいたポルトガルのサービス品質である.つまり,突然どこかのルータ,またはスイッチが切れる.不運なときにはDHCPサーバが起動してない!などということもあり,それは30分から半日続く.日本であれば総務省に報告を行わなければならないような大事件である.さらに,メンテナンスと思われるサービス停止が何の通知もなく発生する.こんなとき,妥当かと思われた値段が高いと感じられた.周りの友人に聞いてみると,どうもこのような状況は普通らしい.予告なしのサービス停止くらいのことでイライラして,ほかに切り替えたところで,何の解決にもならないようだ.

ポルトガル政府の投資に期待

 先日,ポルトガルでのインターネットの普及率は約40%であるという報道をテレビのニュースで見た.皆,会社なり,家なりで利用したことがある,という統計だった.しかし,スピードが遅いという不満がある.

 ポルトガル政府はもっと高速なインターネットのインフラ整備と普及に2005年度から大きな投資をするようである.個人としても,エンジニアとしても,利用者となる筆者からは,この投資に大きな期待を寄せる.インターネット回線の向上につれ,映像・音楽配信などのコンテンツが国家全体の大きな経済効果になることは,すでに日本市場が証明していることである.コンテンツ・ビジネスの上手なポルトガル市場に,強力なインターネット・インフラが現れることで,先進国としての国力を向上できることを願うばかりである.


やまぎわ・しんいち

PDM & FC シニア・コンサルタント

INESC-ID 客員研究員

工学博士

yama@pdmfc.com





copyright 2005 Shinichi Yamagiwa

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Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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