岸 哲夫

ベトナムとタイのコンピュータ事情


ベトナムのソフトウェア業界

 昨今の東南アジアにおける通信回線関連のインフラの充実には目を見張るものがある.詳しくは後述するが,まるで「地獄の黙示録」のようなジャングルの真ん中で,日本に携帯電話がつながる時代なのだ.

 そういったインフラの拡充の結果,いやどちらが先かは「鶏と卵」だが,ソフトウェア関連企業が躍進しつつある.特にベトナム国内では急成長の業種だ.現地の日本人管理者に話を聞くと,機転が利く優秀な人材も数多く見受けられるとのことだ.

 社会主義国家であるがゆえに,いまだに相互監視を行う習慣があったり,管理しにくい面もあるようだが,人件費が安いというメリットから,ベトナムの企業に仕事を発注する日本企業も増えている.しかし,東南アジア全般にいえることだが,ソフトウェアに限らず「著作権」に対する意識が非常に希薄である.

 東南アジアでソフトウェア業界が発展するためには,まずそれが乗り越えるべきハードルではないかと思う.問題の一つはソフトウェアの価格設定である.現地で大学卒の若い社員に月給を尋ねると150USドルだという.現地での生活はきちんとできるかもしれないが,Windows XPを定価で買うことは難しいだろう.そんな理由から東南アジア地域で売られているPCにはLinuxがインストールされている.もちろん,そのまま使っているとは思えないが.

 ソフトウェアに限らず,ベトナムで仕事をする場合,考えなくてはならないのは,役人のいい加減さだろう.同一のものを輸入しても,担当者によって扱いが違ったりするようだ.また,違法となる行為の取り締まりも,ノルマがあるらしい7月に集中して取り締まられるそうだ.たとえばネット・カフェにおいては,不正アクセス防止のため,ネットを使用する個人の身分証明書を控えなければならないとのことだが,筆者は旅行中に控えられたことがない.もっとも,そんな大雑把さがベトナムが発展している要因の一つなのかもしれない.

ベトナム・ホーチミン市のネット環境

 ベトナムは社会主義国家だが,1986年から市場経済化,対外開放化などを大胆に推し進める「ドイモイ」(刷新)政策を始めた.一昨年ぐらいからADSLが街に普及し,それにともないネット・カフェが街中,いや国中にあふれている.未舗装路を鶏が走っているような路地裏にもネット・カフェがあり,オンライン戦争ゲームに興じている子供達が(いや大人も…)いる.もちろん旅行者向けのホテルにもネット環境が存在する.

 ドンコイ通りにあるシェラトン・ホテルではロビーで無線LANを使ってアクセスが可能だ.ノートPCを持っていれば簡単につなぐことができる.2時間で5USドルだ.しかし正面にはネット・カフェがある.そこはLAN設備と電源を貸してくれるのだ.ネット・カフェでは日本語入力ソフトどころか,フォントすら入っていないPCも見かけるので,ノートPCを持って行くと便利だ.料金は1時間で1USドル程度である.ホーチミン市に出張や旅行で出かけてもネット利用で困ることはないだろう.ホーチミン市の空港「タンソンニャット空港」にも15分2USドルでネットを利用できる場所があるのだが,これはいささか暴利だと思う.蛇足だが,ネット・カフェでアクセスした後は履歴やクッキー,キャッシュを削除しておこう.

 以上はビジネスマン向けの「高価な」ネットの情報である.東京でいえば,新宿駅や東京駅周辺にある高級ホテルに泊まるとネットを使用するのにお金を払わなければならなくなる.ホーチミンの下町,デタム通り周辺のホテルではADSLが部屋に付いているのがあたりまえだ.ほとんどの場合,ホテルのロビーとネット・カフェがいっしょになって1階にある.観光客エリア「ドンコイ」では安くても一泊40USドルのホテルが,デタム通りなら20USドルになる.もちろん,ネット・アクセス料金込みである.ただし,持っているノートPCの共有は切っておこう.何のセキュリテイもかかっていないので,個々で注意しなければならない.

 ベトナムのネット・ユーザは別にゲームだけにネット・カフェを使っているのではない.カフェで話をした若者に聞くとフリーメール・アドレスをみんな持っているので,「私書箱」のように使うのが一般的なのだそうだ.自分でPCを持つためには日本と同じで少なくとも300〜400USドルのお金をかけなければならないため,個人でPCを持てる人は少数である.そこでネット・カフェが隆盛しているのだ.また,ベトナムの若者も「出会い」に飢えている.ベトナムでは「出会い系」ページが流行っているそうだ.何か事故が起きたらきっと尻すぼみになると思うが.

 なお,ベトナム郵政通信省直轄のベトナム・ネットワーク・インフォメーション・センタ(VNNIC)によると,現在国内のネット利用者は全国民の6.55%にあたる約534万人に増加した.プロバイダ契約件数は前年比175%増の143万件だそうだ.その統計には,ネット・カフェ人口は計算に入っていないと思われるので,実際はかなりの人数がネットを使用していると思われる.それに呼応してか,公安省は,ネットの不正利用について20〜5000万ドンの罰金を規定したとのことだ.不正利用とはクラッキング行為や,ウイルスのばら撒き,掲示板での誹謗中傷などである.ベトナムにも巨大掲示板があるのかどうかは知らないが.ちなみに,10万ドンで約700円である.

 ベトナム国内の接続速度は意外に速く,1Mbpsは出ている.旅行で行ってもビジネスで行っても,特に支障はないはずだ.

写真1 ベトナムのホーチミン市内
街角のネット・カフェ,利用料は1時間1ドル程度

東南アジアITの旗手,タイ・バンコクのネット事情

 さて,タイの首都バンコクでは,空港内にネット自販機(?)がある.成田や羽田にもある,コインを入れるとPCが使えるというあれだ.15分で50バーツ(約150円)という価格設定だが,急いで使いたい人には便利だ.街中のネット・カフェは1時間で30バーツ(約90円)だ.市内の繁華街にあるショッピング・センタ内には必ずネット・カフェがあると思えるくらい普及している.

 また,無線LANアクセス・ポイントが増えている.グランドハイアット・エラワンではロビーで無線LANが利用できる.アクセス権を買ってから12時間ではなく,ログイン時間で12時間という設定なので,旅行中には十分かもしれない.また,スターバックス・コーヒーでも無線LANが利用できる.サイアム・ディスカバリ・センタの4階にある店でチケットを買えば,市内の支店で使える.バンコクではネット・カフェ,無線LANを使えばまったく不便を感じない.

 バンコクでもホーチミン市と同じように,市の中心を離れるにつれてネット料金が安くなる.日本でいうウィークリ・マンションのような「サービス・アパート」が多数立ち並ぶ「スクンビット」周辺ではホテルよりサービス・アパートのほうが便利だ.

 たいていの場合,ネット料金込みでホテルより安く利用できる.この周辺は高架鉄道BTSを使えばアクセスも良く,便利に滞在できる.

 街中のネット・カフェはビジネスマンが利用しているが,中心部を外れるとやはりゲーマー天国だ.ショッピング・センタ内のネット・カフェもいつでも満員である.ただし,ベトナムでもタイでも日本語入力システムが入っていないPCもあるので注意しよう.店のどれかのPCには必ず入っているようだが.場合によってはWindows95で動作していて,漢字フォントも入っていないためWebの漢字さえ化けて見ることができない場合も,たまにある.

 だが,接続速度は1Mbpsを切ることはないので十分だ.

写真2 タイのバンコク市内
地元の人が生活するエリア,プラトゥーナム市場にもネット・カフェがある.利用料は1時間30バーツ(約90円)

写真3 タイのバンコク市内
スターバックスでチケットを買うと店の中で無線LANでのアクセスが可能.この画面からログインする

写真4 タイのバンコク市内
バンコク市内プラトゥーナムにある雑居ビル,パンティッププラザ.PCのパーツ屋がたくさん入っている.不正コピーを扱う店もたくさん…

きし・てつお





copyright 2005 Tetsuo Kishi

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第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
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