第36回

〜アメリカで働く〜


 前回(20008月号)に引き続き,下平 中氏にアメリカのハイテク企業での仕事の実際について伺った.

前回:日本の大学3年生のときのアメリカ滞在(ホームステイ)が留学のきっかけとなる.アリゾナ州立大学の電子工学部で4年生として編入し,アメリカでの大学生活のスタートを切る.日米の大学における勉強のしかたの違いと重要性についてさまざまな話が出る.また,アリゾナ州というシリコンバレーと一味違う場所で,ハイテク企業のエンジニアとして社会人デビューを果たす.

チップの外の世界を求めて転職する


アリゾナ州テンピ市で,結局VLSI Technologyに6年ほどおられたわけですが,どういう理由で次の転職をされたのですか?
VLSI Technologyでは純粋なチップの設計が仕事で,ICの中身ばかりやってました.そういうわけで,チップがシステム内でどういう風に使われているかといった方面に興味をもつようになり,システム寄りの仕事をしてみたいと思いました.また,ここでの仕事は最終的にフィールドエンジニアの肩書きでしたが,どちらかというと実際にデザイン・インされてからのポスト・セールスサポートが多い仕事でした.ようするに,トラブルシュート的なことが多かったのです.そういう意味でもデザイン・インされる前の段階のプロセスや営業にとても興味をもちました.
けっきょく,日本でのポストになったわけですよね? カルチャーショックとかは?
日本でも仕事をしたいと思っていたので,日本のポストに就きました.日本での社会人デビューでしたね(笑).う〜ん,カルチャーショックはなかったです.駐在員扱いだったからでしょうか?

今回のゲストのプロフィール

下平 中(しもだいら・あたる)

 1963年生まれ.日本の大学3年修了時点で休学し渡米.その後,アリゾナ州立大学に編入,電子工学修士課程(MSEE)を修了.アリゾナ州テンピ市,VLSI Technologyで設計エンジニアを約6年経験.転職後,日本に帰国,C-Cube Microsystemsでマーケティングマネージャとして約3年勤務後,1999年に再度渡米,GNUProツールなどを扱うCygnus Solutionsに就職.間もなくRed Hatに吸収され,現在は同社事業開発部のディレクタを勤める.いままでの経験を生かした日本やアジア諸国での事業開発に意欲を燃やす.







日米の営業マンの差?


そこで新たな発見などは?
日本でもアメリカでも,フィールドに出るといろいろ顧客と接する機会ができて,知識がどんどん増えるということがまず一つですね.内にこもってやるエンジニアリングの仕事は,どうしても目先のプロジェクトとかに意識が集中しますが,フィールドに出ると客先のエンジニア達と交流することなどによって,自分の目先以外の世界に触れるチャンスが多いと思うのです.あと発見があったのは,日本の営業はとてもたいへんだなぁということです.とくに,夏の暑いときにスーツを着て重い資料や機材をもって客先に行くというときなど….
ははあ,わかります! 私も同じ経験がありました.アメリカ人の上司が日本の状況をまったく理解していないときは最悪ですね.アメリカだと,典型的な営業マンは空調の効いた自分のオフィスから顧客に電話をかけまくり,それでだいたいフォローができてしまう.また,お昼はこれまたエアコンの効いた車で洒落たレストランに行き,顧客と商談を1件ぐらいして,帰りに届け物とかをまた車でやるわけですよね.こういう感覚なので,日本で1日に数件の客先をまわると体力的にハードだし物理的に無理だというのも理解してくれません.なので,こういう上司に夏のいちばん暑いときに来日してもらい,最低午前1回,午後2回のアポイントをこなすような1週間を過ごしてもらうと,最後に悲鳴を上げてわかってもらえました(笑).

マーケティングという仕事


下平さんはVLSI Technologyの後,画像圧縮チップなどで有名になったC-Cubeでマーケティングの仕事に就いたわけですが,詳しく説明していただけますか?
きっかけは,VLSI TechnologyでIntelのエンジニアと仕事をしたことです.彼はエンジニアなのに,全体的な営業のプロセスのシナリオも描いて動いていました.顧客先でのデモやプロトタイプの評価から価格までも細かく決めていました.しかし,客先ではちゃんとエンジニアをやるのですね.これがすごく面白いと感じて,自分でもやってみたいと思いました.

アメリカの企業のマーケティングは,大きく分けて三つありますね.まず,製品に携わるProduct Marketing,さらに戦略的に全体を見渡すStrategic Marketing,それと顧客や市場別に動くTactical Marketingですね.その方は,Tactical Marketingみたいなことをやっていたのですね.

そうだと思います.私もけっきょく,ビジネスを作り出すTactical Marketingの仕事に就きました.当時,MPEGの世界ではC-Cubeがパイオニア的な存在だったので,日本ではほとんどのコンシューマ系メーカーとやり取りがありました.新規開拓みたいな仕事で,とても面白かったです.

エンジニアリング的なバックグラウンドはどういう風に使ったのですか?

顧客は技術者がほとんどなので,まず相手の信用を得るためにしっかりと技術的な話ができる,また自社製品の技術的な内容に関し理解できるということもたいせつですね.


個人の駆け引きが多い
アメリカ人の素顔


下平さんのアメリカ生活は通算10年ぐらいですが,シリコンバレーは最近ですよね? 仕事の面では,どういうことをこちらで感じていますか?

仕事のチャンスがたくさんあって,みんなつねにアンテナを張り巡らしてますね(笑).ノンビリやるっていうことはまずないみたいですね.生活面では日本よりも好きです.

シリコンバレーの仕事のペースはどう感じていますか?

VLSI Technologyの時代も感じていたのですが,本当にスマートな人はドンドン違う仕事をさせてもらったりして昇級していきますね.私の場合,「IC設計とは何ぞや?」から教えてくれるというイメージがありました(笑).実際は,どんなフレッシュマンでも自分が何をやればどうなるか?ということに敏感でしたね.

そうですね,アメリカ人は自然に「これは自分の得になるか?」ということをいつも考えています.会社だと他人にどうやって自分の仕事をさせるか,というところでしょうか? アメリカの会社内では,人間同士の駆け引きが相当あると思いますが.

私の経験ですが,会社のあるエンジニアに質問をしたくて彼のオフィスに行くのですが,やっと時間を取ってもらって話をしていると,ずうずうしく割り込む人が後を絶たない.はじめは自分もおとなしく,割り込んで来た人が終わるまで待つのですが,自分がたずねていった相手に「時間がない」とか言われて,フラストレーションがすごくたまりました.あまり割り込みが多いと,今度はなめられるんですよね.「こいつは割り込んでも怒らないな?!」ってね.

よくある話ですよね! 角を立てずに追っ払うテクニックが必要ですね.

ちゃんと断ったり,割り込みを追っ払うテクニックを知らないと,本当になめられて知らないうちに仕事を押し付けられたりしますよね.はじめは英語力の問題もあって,わかりませんでした.

たしかに,ある程度英語力の問題でもあるのですが,民族性みたいなところだと思います.私もクライアントによく口をすっぱくして説明するのですが,アメリカ人と話すのは純粋に英語力でなく,性格とか根性みたいなところだということですね.

本当にそうですね, 大学の工学部の実験でもグループで作業をしたりします.上手な人はルール違反ギリギリまで自分を有利にしようとする.器材とか共有しているものがあるのに,自分の有利なほうにドンドン使う.でもやりかたがスマートなので,みんな悪い気持ちはしない.人によってスイスイ作業を進めたりドンドン先にいけるのが,はじめは不思議でした.


今後の展開


現在のお仕事は,CygnusからRed Hatになったわけで,注目されている会社ですよね.現在の職場と今後について話していただけますか?

C-Cubeではアメリカでのポストに戻ったのですが,また違う挑戦をしたくなり,今度は徹底的にハード寄りから離れた仕事ということでCygnusに入りました.その後,Red Hatになったわけです.ビジネスモデルが面白いですよね.オープンソースなので,カスタマイズする部分でビジネスになるのです.今後どうなるかはまだはっきりしませんが,斬新なアイデアですよね.

今感じているチャレンジとかは?
今回は技術的なバックグラウンドがないので,すべてをわかろうとしても無理があります.以前の仕事だと自分のハードウェアのバックグラウンドが十分利用できたのですが,今回はそうはいきません.歯がゆいときもありますが,技術的な内容は技術者にまかせるといったことをしています.これから慣れていくのでしょうね.また,ビジネス的なフローが違いますね.チップのビジネスだとデザイン・インされるプロセスと量産にいくプロセスと2段階あるのですが,ソフトウェアは導入するだけですから.また,商談での焦点も違うので,学ぶことが多く,チャレンジのしがいは十分にあります.それに,現在のポストは日本以外のアジア圏も見ている仕事なので,台湾や中国のビジネスについても勉強しなければなりません.いつになるかはわかりませんが,いずれは自分もIPO(株式上場)を経験したいので,スタートアップに初期の頃から参加してみたいですね.仕事をするうえでは日本でもシリコンバレーでもどちらでもよいと思っています.

対談を終えて
 下平氏とはひょんなきっかけで知り合いになったが,いろいろなところで縁があり不思議な感じがする.大学時代をアメリカで過ごしていて,筆者と同じようにアメリカ人と仕事をするうえでの苦労話に共通点がたくさんある.また,技術系からビジネス系,ハードウェア分野からソフトウェア分野に転職していったところも共通している.いずれもチャンスやきっかけをスマートに利用している印象がある.





トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

連載コラムの目次に戻る

Interfaceトップページに戻る

コラム目次
New

移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

Back Number

移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


Copyright 1997-2001 CQ Publishing Co.,Ltd.