第37回

〜 Part 1 〜


 これまでに,読者の皆様からたくさんいただいたメールの中からひんぱんに出てきた質問をベースにFAQ(Frequently Asked Questions)を作ってみました.今回は,多くの質問の中から,シリコンバレー一般およびシリコンバレーと日本人に関する質問を集めてまとめました.

シリコンバレー 一般についての質問


ネットワーク時代なのに,なぜたくさんのベンチャーがシリコンバレーに集まるのですか?
理由はいろいろあると思います.

1)人材面での集中……人間のネットワークを重視

 アイデアを実現していくためのプロがそろっているからでしょう. あらゆる場面でのプロフェッショナルが,スタートアップを立ち上げるには不可欠です.資金面はもちろんのこと,さまざまな面でベンチャーをサポートするプロがたくさんいます.技術者はもちろんですが,それ以外にマーケティングや営業のプロフェッショナル,また会社設立に必要な法的手続きを手伝ってくれる法律事務所や,ベンチャー企業を専門にしている銀行家などなど……このように人間のネットワークやインフラに頼る部分が多く,会って話を聞いたり仕事をすることで,ものごとが速く進行するのでしょう.ちなみに,成功しているベンチャーキャピタルは,地元以外の企業になかなか投資をしようとしません.車で運転して会いに行けない距離では投資をしないと言うシリコンバレー老舗ベンチャーキャピタルもいます.

2)顧客面でのメリット

 実際に作り出した製品やサービスを,リスクを負って試してくれる顧客がシリコンバレーに集中するという例が多いようです.これは,シリコンバレーに存在する会社は新しい製品について敏感だという傾向があり,少々のリスクを負ってでもそれなりのメリットが感じられれば試してくれるケースが多く,また地元シリコンバレーの顧客から直接開発途上の製品やサービスについて早期のフィードバックが得られるという利点があります.半導体やソフトウェアデザインツールでも,まずシリコンバレーの著名な会社に試してもらい,フィードバックを得て磨きをかけるというのが当たり前のようになっています.

 以上のようにインターネットや通信手段が向上しても,基本的な部分で人間のネットワーク,いわゆる「コネ」を最大限に利用しようとするシリコンバレーでは「すぐ会って話が聞ける」ということがたいせつです.自分のまわりにエンジニアやアイデアを出せる人達がたくさんいて,ちょっとしたことでも知り合いやまわりの人の意見を聞いたりブレーンストーミングをすることによって,実現可能かどうかを計ることができます.

ベンチャーキャピタルは,アイデアさえよければお金とか経営陣をかき集めてくれるのでしょうか?
Yahoo!とかNetscapeなどを想定した質問のようですが,これらはきわめてまれな例です.過去の実績が相当ある人(ベンチャー企業を数社,上場または売却して成功している人)が,アイデアだけを出してほかはVCまかせという場合もあると聞きます.しかしこのような例では,会社の多くのコントロールを(所有権などを含めて)投資家に手放すケースが多いようです.一般的な例では,やはりしっかりとビジネスプランを書き,製品のプロトタイプか実用性の証を作らなければ,まったくといってよいほど話さえも聞いてもらえません.Yahoo!もNetscapeも,プロトタイプがしっかりできた段階で投資家に会っていると思います.
シリコンバレーには本当にインド人と中国人のエンジニアが多いのですか? 一方で,マーケティング関係は白人が多いというのは本当ですか?
たしかに,インドや中国系のエンジニアがシリコンバレーのエンジニアリングを支えているというイメージがあります.実際,これらの国々からの移民は非常に多く,アメリカ移民に有利なエンジニアリング(修士号以上の学位)をめざして学生の頃からアメリカに来る人達が大勢います. また,これらの国々のエリートの大部分はアメリカ留学をめざすという風習もあります.一度入社すると,ビザの調整や永住権の申請に時間がかかるため,多くのインド系,中国系エンジニアはほかの永住権をもっているエンジニアやアメリカ人エンジニアに比べてフットワークが悪くなり,ビザの状態が整うまで一つの会社に続けて勤めるようです.ちなみに,永住権を取るには最低2年から最近では4年を必要とします.こういう理由で,どうしてもインド系や中国系のエンジニア達が多いように感じられるのかもしれません.

 一方,マーケティングの仕事ですが,技術力が必要とされるのに加えて,ビジネスセンスや英語のディベート力,プレゼンテーション能力などを問われる職種なので,アングロサクソン系の人達が多いのだと思います.


日本人についての質問


日本人エンジニアのレベルは? シリコンバレーで通用するのでしょうか?
シリコンバレーにはさまざまなエンジニアがいますが,筆者の経験からすると,一般的な日本人エンジニアは十分に通用します.シリコンバレーのエンジニアは,次から次へと新しいプロジェクトに携わる傾向が多いので,たとえば一つのプラットホームについて熟知するということが少ないのです.そういう意味では,日本人エンジニアの知識レベルのほうが高い場合もあるでしょう.また,日本のエンジニアのほうが製品化における過程を熟知していることが多いと思います.シリコンバレーのエンジニアは,「アイデアが優れておりそこそこ動くもの」を作るという作業が多いので,量産性だとかラインに乗せた状態での商品価値などについて,日本ほど要求されない例が多いようです.

シリコンバレーって日本人が多いんですよね?

ロサンゼルス(LA)やニューヨーク(NY)に比べると,はるかに少ないのですが,これは多分,エンジニア以外の日本人,情報技術産業に関わらない日本人は,シリコンバレーやサンフランシスコなどをめざして渡米したり,留学などしないからだと思います.LAでは物流や商社機能の多い日本企業が集中していますし,NYでは金融関係やその他の産業の日本企業が集中しています.そういう意味で,アメリカ国内の日本人の人口はLAやNYに集中しています.また,カルフォルニア州でいうと,一般的に物価はLAのほうが安く,日本人の住みやすい生活のインフラ(日本食レストラン,スーパー,幼稚園・小学校,医療機関など)もそろっています.留学生やホームステイをするにも,LAのほうがインフラ面,また学校の種類の面でも便利なのかもしれません.シリコンバレー近辺には,しっかりとした4年制の大学はあるものの気軽に入れる専門学校とか短期留学に適している2年制の大学が,LAやNYに比べると少ないのでしょう.

日本人でシリコンバレーにいる人は,なぜ関西系が多いのでしょう?

たいへん面白い質問ですね! 筆者の主観では,企業の派遣や赴任ではなく,本人の意志で渡米されているシリコンバレー在住の日本人に,関西出身の方々が意外と多いことはたしかです. 筆者の推測ですが,シリコンバレーやアメリカの生活のカルチャーが,関西出身の人のほうがなじみやすいのかもしれません.たとえば,自分の言いたいことをはっきりとまわりにかまわずストレートに言ったりすることが,アメリカ生活ではとても重要なスキルになりますが,こういった傾向は関西系のほうが強いのではないでしょうか? あるいは,シリコンバレーも,エンジニアの街というだけでなく,商人の街といえるからでしょうか? ちなみに,この連載の対談編で紹介したゲストの八木氏(1999年4月号),山本氏(1999年10月号),そして筆者も,じつは兵庫県出身です.


最近の若手エンジニアの懐具合

 最近,部下をもっているエンジニアの知り合いと会食しました. 話題の一つはシリコンバレーの住宅状況でしたが,要約すると「最近の住宅価格の高騰にはびっくりする,お互いに金利が低いときにローンを組んでラッキーだったよね……」ということでした. 彼女は,最近新卒のエンジニアを雇ったそうです.初任給の交渉があったそうで,最近の好景気の影響もあり,かなり引き上げられた額が提供されたとのことでした.しかし,この新卒エンジニアは,生活費のデータを出してきて,どれだけ費用が必要か彼女に迫ったそうです.興味深い話だったので,実際のデータをレストランの紙ナプキン(気の利いたレストランではないので大きな紙がなかった!)に示してもらいました.彼女が提示した年俸は$5万だったのですが,この新卒エンジニアはこれでは少ないということでした.まず,401KやESPP(employee stock purchase plan, 持ち株の積み立て金)注1 に年間$1.2万を天引きして,それから連邦政府税,州政府税などの税金がさらに引かれるので手取りは,月々にすると,約$2700ぐらい(かなりおおざっぱだが)になります.この使い道が,次のようにになるそうです.

  $50,000/年間 年俸
- $10,000/年間 401K/ESPP
  $40,000/年間 課税対象額
- $ 8,000/年間 諸税金 (約20%)
  $32,000/年間 手取り

 こういうわけで,自由に使えそうなお金が月に$2700-$2400=$300ぐらいしか残らないということです. そのほかに生活で使う費用など,上記の概算に入っていないものもあるわけで,24歳で大学を出たてのエンジニアにはちょっと苦しい家計状況になるという主張です.項目をながめてみると,住宅に使われる割合がもっとも伸びています.彼女が社会に出た15年前は,初任給が$30,000/年間でもかなり良いほうだと言われたぐらいです.そして当時は,$800も出せば高級アパートを一人注4で借りられました.現在だと,一人暮らしをするためのアパートには,最低$1500は必要だとされます.時代と現在のシリコンバレーの生活費の高騰にあらためて考えさせられます.

  $ 800 家賃(ルームメイト2名と$2400の一軒家を借りる)
  $ 600 食費(外食が多い)
  $ 500 カーローンを含む車代注2
  $ 200 Studentローン注3の返済
  $ 300 通信費・光熱費
計 $ 2400 月々の費用
注1:将来のことをしっかり考えて,自分の懐に入る前に貯金してしまおうということらしい.
注2:新卒のエンジニアはやはり新車を買う人が多い?
注3:日本の学生ローンとまったく違って,政府機関などから低金利で学費や本代に使えるローンがあり,多くのアメリカ人がこれを利用する.
注4:日本でいう1LDKか2LDK……広さは平均して日本の1.6倍ぐらいだろうか?



copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
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第10回 続・C99規格についての説明と検証
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第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
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フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
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第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
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第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
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Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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