第45回

Engineering Life in Silicon Valley

楽しみながら仕事をすることが大切

〜対談編〜


土日を使ってシリコンバレーで面接

櫻井さんは,シリコンバレーのいろいろなところでお仕事をされていますが,こちらに来られたきっかけからお話しいただけますか?
10年以上前,沖電気に勤めていたときに,シリコンバレーの小さな会社とCPUを共同で開発するプロジェクトがありました.たまたま私自身も海外に出向することを望んでいたので,アメリカに来ることになりました.結局,プロジェクトの結果が出る前に日本に戻ることになりましたが,アメリカでの仕事の環境などに惹かれて,自分でこちらに来る決心をしました.そこで,シリコンバレーで知り合ったさまざまな知り合いに,仕事があれば声をかけてほしいと言っておいたのですが,そこからある話が持ち上がり,面接を受けることになりました.
なるほど……シリコンバレーでしっかりネットワーキングをしておいたわけですね.
そうです.この会社はCPUのメモリマネージメント系回路の専門技術者が必要だったらしく,私がちょうどそういう仕事をしてきたのと,当時流行しはじめていたVerilogを書けたので採用されました.しかし,実際は雑用が多く,設計からスクリプト書きまで,さまざまなことをやりました.そこに落ち着く前に,また違う知り合いから今度はスタートアップの話があり,その話に乗りました.それからいろいろな会社に声をかけられたり,自分から会社をやめたりして数回会社を変えました(笑).その間は,CPUとかプロセッサ関係,グラフィクス,サウンド関係の仕事をしています.その後は設計チームを任されたりする仕事もしました.
いろいろなところで仕事をされたそうですが,シリコンバレーのエンジニアにはどのような印象がありますか?
はじめて来た頃は,エンジニア達が楽しそうに仕事をしているのが不思議で仕方がありませんでした.もちろん,ただ単に環境が良いということもありました.たとえば,シリコンバレーだと,当時みんなにワークステーションが与えられていました.時間が経つと日本でも同じような環境になりましたが,上に立つ人の考えがなかなか変わらなかったように思います.ですからツールを導入しても,管理職側はどう使えばうまくいくのかわからない.新しいツールや設計手法はハードウェア記述言語などを使ってシミュレーションをしたりするわけですが,上司などは回路図からシミュレーションをせずにボードを起こして,それでデバッグを行ってしまう.助言しても聞き入れてくれない.シミュレータやモデルを使うことに対する抵抗感があるのか,あるいは知識がないからなのでしょうね.昔のスタイルでツールを無理矢理使おうとする.そういう意味では,私は環境よりも考え方だと思います.
その日本の上司の話は,よく聞く話です.シリコンバレーで使われているツールをいままでの設計手法の一部に採用しようとしたがうまくいかない.結局,全部手法や考え方……設計文化というのでしょうか? これから変えていかないと,最大の効果が得られない.
昔の設計スタイルでは力仕事的な部分が多かったのかもしれませんが,現在の複雑なIC設計はクリエイティブな仕事だと思います.ですから,だんだん日本での仕事の進め方に疑問をもつようになり,自分で渡米して仕事をしてみたいと思いました.

今回のゲストのプロフィール


櫻井 篤
(さくらい・あつし)

 1956年和歌山県生まれ.1980年早稲田大学理工学部物理学科卒業.同年沖電気工業入社.1986年同社よりシリコンバレーのスタートアップへ出向.1987年に帰国し,同社TRONプロジェクトに参画.1989年同社退社後に渡米.おもにスタートアップの会社を中心に転職を繰り返し,SPARC,MIPSアーキテクチャCPUの設計に従事したほか,グラフィクス,サウンド,DSPなどのICの設計も手掛ける.1999年よりIC設計コンサルタントとして独立し現在に至る.アンチWindowsとして一部の人々に知られている.



さまざまなエンジニアのタイプ

いろいろな職場で仕事をしていると,さまざまなタイプのエンジニアに遭遇すると思うのですが,どうでしょう?
来た当時はみんなすごく賢いと思えたのですが,だんだんわかってきたのは,とんでもなく賢い人もたくさんいれば,そうでない人もたくさんいるということです.日本の技術者と比べると,良くも悪くも層は厚いですね.もう一つ驚いたのは,とにかくみんなエンジニアリング以外のことに非常に敏感で,情報を集めていることです.これについては知識をたくさん蓄えて,それをまた他の人に教えたりすることで得をするシステムがあるからではないでしょうか.たとえば日常生活でも,投資のためにある会社の株を買い,そこの製品について調べるので,製品と株価の上下の関係がよくわかる.こういうことが日常的にあるので,自分の会社が何を市場に投入しているかとか詳しいですよね.日本だと,どうしても上からの命令で何かを作っているだけという気がします.何を作るかも誰かが決めるとかね.シリコンバレーだと,会社に内緒でこっそり4年後ぐらいの製品開発をエンジニア達だけでやっていたことすらありますから.私も8倍速のCD-ROMチップを会社がやっている間に,知り合いに声をかけて32倍速の設計を会社に内緒でやっていたことがあります.

 ある会社で,製品企画のマーケティングの人と大喧嘩をしたこともありました.みんな「意見をもって議論を展開する喧嘩」をよくやっています.背景は何であれ,いろいろな情報を出し惜しみしないし,とりあえずぶつけてみる,集めてみることに対して貪欲です.結果的に,賢い人のまわりには賢い人が集まるし,情報の量も増える.だからみんな一生懸命になって自分の知識のレベルを高めようとする.

そうですね,情報がエンジニアの間でのある種の通貨になっている気はします.とくに成功している人は,お金儲けよりも他のエンジニアに評価されることのほうが大事だと考えるみたいですね
まったく同感です.とくに,クリエイティブな仕事についているエンジニア達は,作っている物が富を産むよりも社会的に何か貢献していることを大切にするみたいです.GNUやLinuxの現状を見てもそう思います.あと面白いと思うのは,会社の垣根を飛び越えて交友が続くことでしょうか.今でも昔一緒に仕事をしたエンジニアや部下だったエンジニアが連絡してきて,意見や情報を聞くことがあります.日本の会社社会的な状況からすると,なかなか考えにくいですよね.
ネットワーキングは,どこに行っても続けようと思えば続きますよね.情報交換とか人材の紹介とか,いろいろなニーズがありますから.やはり一緒に仕事をしたという横のつながりが大切みたいですね.

マネージャとして働く

こちらで管理職の仕事もされているそうですが.
う〜ん,中間管理職はやはりどこも一緒ですよね(笑).間に挟まれてつらい思いをすることが多いです.ある会社では,スタッフの仕事をチェックするため,ワークステーションのファイルをチェックするように指示されました.もちろん,スタッフの了解なしでやるという想定なので,スパイ的なことをやれというわけです.私は愕然としましたし,嫌だから断ったのですが,しつこくやれというのでスタッフに「……こういうことだからファイルを見にいく……」と言いました.みんなビックリするやら怒るやら……それでまた上の人から呼び出されて「なんで余計なことをするんだ!」って叱られましたが.どうもこういう,人の後ろでコソコソやるのって嫌ですよね.
私の勤めたところでも,あるマネージャが勝手にコードを見にいったので問題になったことがあります.ちゃんとコードレビューをするって言えばよいところを,なんだかコソコソとチェックを入れる……上司とスタッフの間の信頼関係が薄いのでしょうね
スタッフを抱えた当時は,上から「お前はToo Nice(優しすぎる)」とよく言われました.シリコンバレーのマネージャは強いPushのできる人が良いと思われていますよ.強引で人を利用することがうまい人が良いマネージャと思われるとか……
あ〜,それもよくある話ですよね.Pushyというか,とにかく強引なスタイルの人が投資家や上層部からすると良いと思われがちです..
でも,実際は違うと思います.強引なスタイルのマネージャの下には同じタイプのエンジニアがいる場合が多いですよね.それで個々のアウトプットはそこそこあるけれどチームワークはすごく悪いとか.逆に,人使いがうまいマネージャにはいろいろなタイプのエンジニアがいて全体的な生産性が非常に高いという…….ですから自分も,技術力よりも性格を重視してエンジニアを雇うことがありました.
なるほど.
シリコンバレーの面接だとかなり技術的な話をしたり,コードを書いてくださいとかありますよね.だけど,あえてそういうことはしないで,雑談をしながら性格はどうかといったチェックをしました.技術力は後からどうにでもなるけど,性格の悪い人はどうしようもないと思います.IC設計とか最近のソフト開発ってチームワーク的なことが多いから,どうしても他のエンジニアと仕事ができないといけないでしょう? だから,グループ全体の生産性が大切だし,みんな楽しんで仕事ができないと駄目だと思います.

独立してから……

独立されてどうですか?
やはり,どこにも勤めていないって自由でいいですね.自分の思ったとおりに仕事ができますし.でも,いずれは自分のアイデアで会社を興してみたいですね.しかし,今度はしっかりとパートナーとなるべき人を見きわめたいし,アイデアやビジョンもちゃんと練っておきたい……ビジネスプランですよね.IC設計とかになると,数年後を想定して何かのアイデアでスペックを決めなければならないですし
起業のパートナーは,結婚するぐらいに大事ですからね
おっしゃるとおりです.同じ仕事環境をもちたいとか,細かいことがたくさんありますから.仕事内容では,お金よりまずエンジニア達が楽しんで仕事をすることを優先したいですね.お金は後からついてくると.逆に,お金優先の人とは仕事はやりたくないですね.

対談を終えて

 櫻井氏はアメリカに来てかなりの年数が経つだけに,さまざまな経験をされている.とくに,開発部隊のマネージャとして活躍していたので,シリコンバレー独特の開発者文化や仕事の進め方を体験している.自由に情報交換や仲間集めをしたり,新しい会社の構想を練ったりすることを本当に楽しみながら行っているというのが印象的だった.

トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
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第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
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第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
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第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
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第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
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第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
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