第46回

Engineering Life in Silicon Valley

仕事もプライベートも充実したエンジニアライフ(第一部)

〜対談編〜


ハードからソフトへ…さまざまなスタートアップを経験

ダグラス・ペリー(ダグ)さんとは長い付き合いなので今さらではありますが,まず始めにエンジニアになった動機から教えてください.
私が子供の頃,父親が田舎町の電気屋をしていたことがきっかけでしょうか.テレビや修理をする工具などが家に置いてあって,子供の頃から電気や機械を修理するのが大好きでした.
なるほど,ちょっと古いスタイルのエンジニアかもしれませんが,とにかくいろいろな機械をいじることが好きだったわけですね.アメリカの田舎だと結構いろいろな物を今でも修理しますよね.車はもちろんですし……..
そうですね,田舎町だと運転免許を取れる16歳の前から,自分の畑の中でトラクターとか運転するでしょ? だから男子も女子も結構メカに強くなっていました.たしか,自分の車もお祖父さんからのお古だったけれど,今から考えればかなりなクラシックカーかも!? まあ,それで大学ではしっかり電子工学の勉強をして,やっぱり仕事は大都会で……ということでシリコンバレーに引っ越しました.1978年のことです.今のオフィスのすぐ近くのアパートでしたね.入社したSinger-Linkは,フライトシミュレータをやっていた会社で,ハードとソフトの両方の開発をしていました.
Singer-Linkはもう存在しない会社ですが,当時はフライトシミュレータを全部作っていて,電子工学系の大学生の憧れでしたよね.
そうです.今のFry's Electronics(シリコンバレー名物の電気・電子総合店)の本店が入っているビルがそうです.当時はハード設計のグループに入って,35MHzのECLの設計をやっていました.当時としては,とてつもなく速いスピードの設計だったんです(笑)! それと同時に,エンジニアは新しいことを知らないといけないと思い,パートタイムで行ける修士号コースに入りました.会社が学費を負担してくれますし,皆行っていたので自分も行こうと思いました.3年ぐらいかかりましたが,情報工学の修士号を取りました.その後はまた転職して,今度はミニコンで有名だったData Generalに入りました.ここでは,5μmプロセスのNMOSでASICの設計をやりました.ここで本格的にIC設計をやったのですが,使っていたツールのほうが面白くてCalma GEに入りました.当時Calmaは,ICレイアウトシステムでかなり有名な会社でした.ハードもソフトもやっていました.私は,ここで初めてソフトの仕事をやりました.ICレイアウトのデザインルールチェッカを書きました.ここからドンドンとEDA(Electronic Design Automation,電子CAD)の世界に入っていきました.
私もCalmaのGDSを学生の頃にインターンで使ったのがきっかけで,EDAの世界に踏み込んだ経緯があります.その後は,Daisyですよね? これはスタートアップで入りましたか?
そうです.スタートアップに魅力を感じてDaisyに入りました.Daisyは当時Mentor Graphicsと並ぶEDA会社で,回路図エディタとシミュレータを中心としたツールを流行らせた会社でした.ゲートアレイやASICが多く使われていた時代です.会社としてもちょうど良い頃で,従業員60名ぐらいのときでした
60名ぐらい雇えると,売り上げとかもかなり安定しますよね.でも,まだまだスタートアップの面白みがたくさんあるとか…….
おっしゃるとおりで,売り上げもドンドン伸びていたので楽しめました.私はシミュレーションと検証のグループを引き継ぎ,7名ぐらいのグループで論理タイミングシミュレータ,フォルトシミュレータなどの検証関係のソフトを書いていました.とにかく,これまでにないジャンルの企業だったので,ハードとソフトを両方やっていましたし,エンジニアとしてやることはたくさんありました.

今回のゲストのプロフィール


Douglas Perry
(ダグラス・ペリー)

アメリカ中西部のサウス・ダコタ州(South Dakota)生まれ.少年時代を同州で過ごしたのち,サウス・ダコタ州立大学にて電子工学を専攻.卒業後シリコンバレーでSinger-Link社に入社すると同時に,シリコンバレーのサンタ・クララ大学にて情報工学の修士号コースに入学する.その後はData General,Daisy,Vantage,Synopsys,Redwood Design Automationなど,さまざまなスタートアップを経験する.VHDL初期の普及活動にも活躍し,多くの教育機関でも採用された著書,『VHDL』〔McGraw-Hill,日本ではメンター・グラフィックス・ジャパン(株)訳,今井正治/山田昭彦監訳,アスキー(株)〕がある.現在は,新しいスタートアップ,Bridges2Silicon (http://www.bridges2silicon.com/)の設立者として活躍している.



引き際も大切なスタートアップ

Daisyは結局無理なLBO(Leveraged Buy-Out),いわゆる買収をCadnetixというボード設計EDA企業にしかけたのが,調子が悪くなった原因でしたね.乗っ取ったCadnetix側マネージメントの手に落ち,社名もCadnetixになってしまい,結局はなくなってしまったのですが,このゴタゴタのときにはいらっしゃったのですか?
DaisyとCadnetixは,自社製ハードから当時徐々に流行りだしたエンジニアリングワークステーション……Apollo ComputerやHPに乗り遅れて結局,事業的に苦しいところに追いやられました.Sun Microsystemsもこの頃から流行りはじめました.幸い私の場合は,Daisyのピーク時にストックオプションを整理して次の会社に行っていました(笑)!
う〜ん,「スタートアップも手を引くタイミングが大事だ!」と知り合いのエンジニアがよく言ってましたが,たしかにそうですよね.株価や会社の存続が可能かを見きわめて,残るか次に行くかを考えるタイミングを間違えると,あらゆる面で大損しますからね.
まったくおっしゃるとおりです.最近聞いた話ですが,知り合いの若いエンジニアで,数年前ドットコム系の会社に行き不動産売買の紹介などをやる会社を作ったそうです.その後すぐ,すでに上場している少し大きな会社……たぶん同業者か競合会社……に買収されたので,彼のストックオプションが一晩で現金化可能になったそうです.しかし,急激なキャピタルゲインをペーパー上,受けたため,アメリカ税務署にAMT(Alternative Minimum Tax)と呼ばれる税金を払うことになったそうです.これが結構な額だったらしく,手持ち金ではとうてい払えない額だったそうです.それでストックオプションを行使してすぐ売却する方法で税金に必要な費用を捻出しようとしたわけですが,ロックアウト期間(会社インサイダーや会社の上層部に該当する株の売買をしてはいけない期間.上場して半年などのルールがある)に引っかかり,その間に株価が続落してせっかくのゲインがただの紙屑になったそうです.知り合いの間では,「28歳のインターネット億万長者が,普通の28歳のエンジニアに短期間でなってしまった話」として有名になっています.
ストックオプションでのペーパーゲインに対するAMTは,意外な落とし穴ですよね.私も一時引っかかりましたが,何回かに分けて払った記憶があります.払えなかったとなると相当な額のストックオプションだったのでしょうね

次回の予告

 ダグ氏とは,SynopsysとRedwood Design Automationで同僚だったことで10年近い付き合いがある.次回は,VHDLの著書の話,現在立ち上げているスタートアップの話,またプライベート面での趣味である自家用飛行機のエピソードなど,広い範囲の話題をお届けする予定である.

Column 最近のシリコンバレーエンジニアについて

 日本からのさまざまな問い合わせの中で,最近よく出るのがアメリカの景気の話だ.たしかにハイテク株が過去数か月続落しており,実際にインターネット関係の会社が多く倒産している.この記事を書いている4月19日現在は,NASDAQが持ち直しており,株価もこれから上がっていくかもしれないが…….

 倒産した内容を詳しく見てみると,ドットコム系のコンテンツを扱う会社の倒産が,いちばんインパクトを与えたようだ.そのほか,インターネットの伸びと同時に株価を上げていたCiscoなどの調子がどうなるのかが注目を集めている.

 ベンチャーキャピタルから大型な資金調達を受け,短期的な儲けを無視して事業拡大をねらった会社が多く倒産している.コンテンツ系の会社で,ベンチャーキャピタルから受けた資金の70%以上を自分達のサイトに呼び込むための広告費に使った会社などが,たくさん倒産しているらしい.ベンチャーキャピタル達もかなりのダメージを受けており,これから起業する人達は資金調達で苦労しそうだ.

 さて,本題のシリコンバレーのエンジニア達なのだが,しっかりとエンジニアとして貢献できる人たちは,現在もどんどん次の転職先を見つけているようだ.ようするに,技術的に濃い内容の仕事をしている人たちは,まだかなりニーズがあるので職には困らない.

 また最近は,ドットコム系のスタートアップより,HPやSunといった大型企業に再び人気が出ているとも聞いた.著名な会社の大型レイオフの話も耳にするが,実際のところ製造やオーバヘッド的なポジションが多く,決してエンジニアや開発,研究などのポジションを削っているわけではない.

 転職に悩んでいるのは,まだそれほど経験がない若いエンジニアや,学位を取らずに大学を飛び出してスタートアップに行った若いプログラマ達だという話を聞く.  しっかり経験があり,仕事ができる人(技術的に濃い内容の人)は,とりあえず一安心といったところのようだ.


トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

連載コラムの目次に戻る

Interfaceトップページに戻る

コラム目次
New

移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

Back Number

移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


Copyright 1997-2001 CQ Publishing Co.,Ltd.