第51回

Engineering Life in Silicon Valley

技術者とマーケティング

〜対談編〜


UC Berkeleyの地元出身

ジェフとはいろいろな会社で一緒になったので,10年以上の付き合いでしょうか? ずっとマーケティングの仕事をされているそうですが,エンジニアとしてスタートされてますよね?
そうです.大学をすぐ出てからはHewlett Packard(以下HP)でIC設計CADのグループにいました.
なるほど.なぜ,エンジニアリングに興味をもたれたのですか?
まずは,子供の頃から物を作ったり分解するのが好きでした.みんなと同じようにLEGOや組み立てセットで遊びましたしね.私はUC Berkeleyが存在する地元Berkeleyの出身なのですが,Lawrence Hall of Scienceを通して早くからコンピュータのプログラミングも始めていました.
Lawrence Hall of Scienceは,UC Berkeley裏の敷地内にある科学博物館ですね.北カルフォルニアに住んでいる子供なら一度は遠足や見学で行く場所です.物理や化学,天文学の実験などを体験させてくれる所として有名ですが,私もたしか高校生の頃に行った記憶があります.当時はメインフレームでFORTRANやBASICのプログラミングを一般に公開していました.
そうそう! よくご存知ですね.核の研究・開発で有名なLawrence博士を記念して作った国立研究所で,BerkeleyとLivermore,Los Alamosに研究所があります.
UC Berkeleyでは電子情報工学を勉強されましたよね?
そうです.情報電子工学と同時に経済学も勉強し,両方の学位を同時に取りました.当時では,私が第1号だったそうです.また工学部では,当時できたばかりのマイクロエレクトロニクスを専門にしました.
う〜ん,それじゃ私の大先輩ですね?
卒業前にIBMのバーモントにある研究所でインターンを8か月ほどやりました.DRAMの開発グループに所属して,1983年に世界で初めての256KビットDRAMを作りました.
なぜ,経済学を学ばれたのですか? たしかに最近ではビジネス系やまったく違う文系の学位を同時に取るエンジニアリングの学生は少なくないと思います.実際に,私もUC Berkeley在学中は経済学の学位かOriental Study(アジアの歴史,社会学,言語を総合的に学ぶ)の学位を取ることを検討しました.結局,Oriental Studyのほうになりましたが.
父親が経済学部の教授だったのと,親戚に大学関係,それも文系が多かったので,周りの人にすすめられたというのがその理由です.いずれにせよビジネス的な判断が不可欠だということで.

今回のゲストのプロフィール


Jeff Lewis
(ジェフ・ルイス)

 1962年生まれ.カルフォルニア州出身.Artisan ComponentsやSynopsysなどのEDA業界でさまざまなマーケティングの部門に勤めたのち,現在はウェハレベルでテストを可能にするFormFactor社(http://www.formfactor.com/)でSenior Vice Presidentとしてマーケティング部を取りまとめている.趣味は葉巻,ビール作りや日曜大工など



MBAを取得する

就職はHPでしたよね?
はい.HPでは,まず半導体回路設計のCADツールのサポートから始めて,その後は開発を行いました.当時はやっていたAI(人工知能)系のLISPやMAINSAILといった言語をよく使っていました.実際,作っていたシステムも,AIをいかに半導体回路設計に利用できるかを課題としていました.たとえば,NMOSやCMOS回路のトランジスタのサイズを相関的な方法で自動的にドライブ能力などを考慮してサイズを自動変換するとか.Mead-Conway教授の推奨していたシンボリックレイアウトなども流行っていました.また,AIに関連してエキスパートシステムをIC設計に利用できないかといったことなども検討していました.
時代を感じさせる話ですね.やっぱりプログラミングなどにも時代ごとのはやりがありますね.
そうですね.いまならC++やJavaでしょうか? それで仕事をしながらHPの社内研修制度を利用してパートでUC Berkeleyのビジネススクールに通ってMBAを取得しました.せっかくビジネスの学位を取ったので,マーケティングの仕事をしてみたいと思い,VLSI Technology(現在Philipsに吸収合併された)のツール部門に入りました.Tonyと会ったのはこのときでしたね.

マーケティングという仕事

マーケティングの仕事について解説してください.
そうですね.マーケティングは日本では営業の一部としてとらわれやすいですが,アメリカではまったくといってよいほど独立した部門です.また,重要なグループだと考えられています.また,マーケティングの中には,さらに細かい専門があります.

 私がVLSI Technologyで担当したのは,シミュレーションとテスト関係のCADツールのProduct Marketingというポジションです.ここでは,シミュレーションとテスト関係の製品のビジネス的な責任をもつわけです.実際にソフトを書く開発担当もいますが,この人は全体的な責任をもちません.ですから開発スケジュールを開発部門の人と詰めたり,価格体系について営業の人と詰めたり,製品パンフレットの内容を広報と決めたりと,製品を中心に幅広く面倒をみます.私の場合は,チームを編成して意見を取り入れるというスタイルでした.開発,フィールドに出てお客様のサポートをしているエンジニア,それからマーケティングから私という計3名です.マーケティングの人は,いかに容易に製品が売れるか,また幅広い顧客をカバーできるかといった課題を考えます.一方,フィールドエンジニアは,製品の実際のパフォーマンス……ソフトだと実行スピードとか,他のソフトとインターフェースが取りやすいか?使いやすいか?サポートしやすいか?といった心配事があります.さらに,開発部門の人達は,新しいアルゴリズムを使いたいとか,機能を増やしたいとか考えるわけです.このチームの全体的に相反するような目標に対してうまく折り合いをつけるのがProduct Marketingの仕事だと思います.

日本でいうと製品企画に近い立場ですが,権限が大きいですね.
開発グループが大きな権限をもつ場合が多いですよね.ビジネス的な成功をしっかり頭に入れて作業をしてくれるエンジニアリンググループなら良いのですが,作業量を過小評価する場合が多い.最近あった例では,グラフィクスで有名だった3Dfxがどんどん新しい機能を詰め込むためにスケジュールが大幅に狂い,ついには競合であるNVIDIAに買収されてしまいました.
グラフィクスチップは競争が激しく,新しい機能を追加する競争になりますよね.でも,最終的にはICレイアウト段階でタイミングが合わずに苦しんだという話を聞いたことがあります.ちょっと脱線しましたが,マーケティングの話を続けてください.
広報の話が出ましたが,アメリカではMarketing Communicationと呼んでいます.さまざまな形で会社の名前を知っていただく必要があります.お客様とか潜在的なお客様,また投資家,それから今後社員になりそうな人達……そういった人達のイメージを良くするため,また名前をちゃんと知ってもらい,何が有名な会社か理解してもらうために広報の人が頭をひねります.これもマーケティングの専門として存在します.
俗にいうブランドイメージどかブランディングですね.
そうです.製品によってはイメージで買うとか,イメージでしか差別化できない製品に対しては重要な部門です.次にあるのが,Strategic MarketingおよびBusiness Developmentと呼ばれる専門です.これは会社の中期・長期の戦略を考える専門ともいえます.ですから,直接ビジネスにつながらない仕事や,他社との提携を進めるような仕事です.かなり長期にわたる提携プログラムやライセンス契約などを進めます.Tonyは,たしかこういう仕事をやっていましたよね?
はい.Business Developmentの仕事でしたが,日本の会社との提携をまとめる仕事でした.
そして,最後に実際の営業のサポートを行うTactical Marketingのポストを設ける会社もあります.このポジションでは営業の後方支援を行います.私が現在勤めている会社では,このポストを設けずにProduct Marketing内で行っています.これに関連して製品の専門エンジニアのポストとしてCorporate Applications Engineerがあります.これはフィールドエンジニアが顧客や地域別に組織されているのと対称的ですね.

今後のIC利用は?

半導体の使い方はずいぶん変わってきましたよね? SoC(System On Chip)などが多く語られるようになりましたが…….
システムメーカーに対して,ハードウェア化するために使える選択肢が増えたと思います.FPGAやハードの設計をしたことのないエンジニアでも利用しやすくなっていますし,そこそこのサイズの回路ならFPGAで最終出荷ができます.一方,大きめの回路などは,自分でツールを買って設計して,製造だけファウンドリに頼むというスタイルが増えています.ASICベンダに行けばツール,ライブラリから製造ノウハウまですべてそろいますが,ファウンドリを使うより割高になります.また,マルチチップモジュールの進歩で異なったプロセス,ロジック,アナログ,DRAM/フラッシュの混在が可能になっています.これからも,どんどんIC化するオプションが増えていくと考えていますし,IC設計の経験がないソフトウェアやファームウェアエンジニアでも利用できる環境が増えていくでしょう.

●対談を終えて

 対談は,シリコンバレーの東側を囲む山々の反対側にあるPleasantonのワイナリー内のレストランで行われた.農園が広がるのんびりしたシリコンバレーのベッドタウンともいわれている.最近では,安価な土地を求めてハイテク企業もオフィスを構えている.


トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

Column New York/Washington D.C.テロ後のシリコンバレー

 9月11日に発生したテロ事件の直後は,シリコンバレーに目立った変化はなかった.しかしテロリストが使った飛行機が,いずれもサンフランシスコやロサンゼルスへの便だったので,飛行場の閉鎖として影響が顕著に現れた.シリコンバレー近辺には,サンフランシスコ,サンノゼ,オークランドの三つの飛行場があり,いずれもシリコンバレーからの人と物の往来を保つために重要だ.この記事を書いている17日には飛行場は業務を再開しているが,通常のダイヤの50%以下のスケジュールとなっている.シリコンバレーを中心にビジネスを展開していたり,アメリカ国外の会社と提携をしている会社が多いので,今回のテロ事件はシリコンバレーに長く影響を与え続けるものだといえる.また,サンフランシスコ近辺には軍事関係の拠点が多いので油断できない.

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
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第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
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第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
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第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
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第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
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第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
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フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
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第68回 読書案内(2)
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第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
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Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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